試験運用的、第一の幕間劇

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 こじんまりとした道場に“キュッキュッ”という、シューズが立てる
独特の音が響く。小奇麗に片付けられているものの、トレーニング設備が
充実しているため室内はかなり手狭な感じの印象を受ける。
 天井から吊るされた蛍光灯の明かりが一番集中している所為か、中央に
設置されたリングの上だけ、ポッカリと視界が開けたように感じられた。

 使い込まれたリングの上では、二人の少女がストレッチを行っていた。
栗色の髪をした少女が後ろから背中を押してやり、紺色の髪の少女の柔軟体操を
手伝ってやっている。しなやかだが力強い動きは、若い猫科動物を連想させた。
 組んで互いの体をゆっくりとほぐす。他の選手が居ない所為か、二人の間には
何処かリラックスした空気が流れていた。もっとも、リング上の二人の名を
知っているファンなら、ベビーフェイスの山村咲美とヒールのリリス魅優、
激しい抗争を繰り広げている二人が仲良くストレッチをやっているという、
驚きの光景として映った事だろう。

 他愛無い会話がリング上に弾ける。基本メニューを消化する最中に
前日の試合が話題に上り、二人のストレッチに力が入り出す。
 
 魅優は何処かうっとりした口調で、咲美に語り掛けた。

 「咲美ちゃん、昨日の試合はとっても良かったわよ」

 魅優は何かを思い出したのか、微妙に恍惚の表情を浮べ、視線は宙を舞っている。
漫画ならよだれ付きで表現されそうな、目に星が飛び、幸せそうにうっとりした表情。
魅優との付き合いが長い咲美には、その表情がリング上で自分を追い詰め、ラフ攻撃と
サブミッションでいたぶっている時を思い出しているのだと、何となく解った。
 勝敗を度外視し自分の趣味嗜好、サドッ気とレズッ気を優先させるべく、
特別興行並の急所攻めやエロ技を駆使し「責め」立てる。
魅優は咲美と対戦する際、必ずそういった展開に持ち込んできた。
他の選手の場合は、趣味嗜好を出す事は有ってもきちんと勝ちに行くのだが。

 いつもの事だと内心思いつつも、咲美はどうしても一言いいたくなる。

「お客さん喜んだから良いけど、もっと試合内容考えて仕掛けてよね。魅優
 まともな技殆ど使って無いじゃん!」

「アラ、わたくしが本気で関節技仕掛けたら、咲美は直ぐにギブしちゃいますわよ。
パンチも、一発KOしないよう手加減して打って差し上げてるんですから
感謝して頂かないと」

 すっかり板に付いた、慇懃無礼なお嬢様口調で魅優は口を尖らせる。甘ったるい声は
そのままに、内容だけ瞬時に変るのは演じようとする努力の他、元々そういった
素質が有った証拠かもしれない。魅優の変化に慣れている咲美は、当たり前のように返す。

「結局3カウント取られたくせに、えっらそーにっ」

普段と口調が変らない分、咲美の返事はどうしても煽り気味になっていく。
解っていて、もしくは秘めた負けん気の強さからか、魅優はいつもと同じ様に
挑発に乗った。

「わたくしの可憐なラフファイトと指技で、30分悶絶しっぱなしだったのは
ドコの貧乳小娘だったかしら?」

「指…反則技は関係無いじゃん!中盤以降は7:3であたしが攻めてたし。
 大体、何度もギブアップしかけたクセに」

 指技と言われ、咲美は魅優の急所攻撃で悶絶し、何度も失神しそうになった
アノ瞬間を思い、一瞬言葉に詰まる。耐え難い快楽をもたらす魅優の指攻め。
その甘い地獄を期待している自分が居るという、心の奥底の認めたくない部分が
見透かされた思いがして、頬が真っ赤になる。咲美の取り繕ったような煽りに
気を取られ、魅優は表情の変化に気付かなかったようだ。

「試合は内容が総てですわっ。どれだけ相手を手玉に取ったか、わたくしが
満足したかが重要だと言う事が、お馬鹿さんには理解出来ないみたいですわね」

「負けて満足するんだぁ、魅優ってば、マゾ?」

途中から、互いに目をあわさないようにストレッチを行っていた魅優が
咲美の前に仁王立ちになった。

「どうやら一度完膚なきまで叩き潰されなきゃ、わたくしに敵わない事が
米粒大の脳みそにインプットされないみたいですわね」

すかさず咲美も立ち上がり、魅優と胸突き合わせる。

「また絞め落とすぞ」

「泣きながら命乞いさせて差し上げますわ!」

 リング中央で、二人はガッチリ組み合う。
互いの挑発をゴングに、スパーリングがいつも通り始まった。

    ****** ************** *******

 リリス魅優こと相羽魅優のヒール転向は、停滞していた団体を活性化させ
より安定した興行をもたらした。選手層の薄さ、各選手の能力的な隔たりから
どうしても固定化、マンネリ化しがちな試合も、各層の対立関係が
確立された為、より練り込まれた内容を客に提供している。
特に今まで魅優を出していなかった、特別興行デスマッチルールに
ヒールとして参戦させ、咲美と抗争戦をやらせたのは観客動員の安定に
大きなプラスをもたらしていた。
当分、このまま進んでも問題無い、そういった雰囲気がフロントから
持ち上がる中、マッチメイクを任されているバンシー・サマラだけは
次の一手を模索していた。

「ふぅ」

 サマラは長い電話を終え、ため息を付いて受話器を置いた。
隣のデスクに陣取っていたバイパー佐久間が、コーヒーの入ったマグカップを
押しやりながら声を掛ける。

「何、新戦力探し?」
「んー、目星は付けたんだけど…。プロモーターが快く売り込んでくる戦力って
イコール問題児なのよね…」
「あー」

佐久間は、苦笑いしながらコーヒーを口に含む。海外を渡り歩いた経験がある
故に、プロモーターが嫌うタイプの選手、というのは大方予想が付いた。
プロモーターの方針に従わないタイプのレスラーや、プロレスが下手で
相手に怪我をさせそうな、危なっかしい試合をやるレスラーは単純に嫌われる。
もっとも、リスクとリターンが釣り合わなければ、契約しなければいい。
一番面倒、扱い難いのは…

「人気だけ有るのよ、人気だけは」
「やっぱり」

サマラと佐久間はため息交じりの顔で、マグカップを口に運んだ。

人気が有るレスラーは問題児でも切り難い。同じ位の人気レスラーを簡単に確保出来るなら
別だが中々そうもいかない。下手に放出して別団体の目玉になったら目も当てられないし
かといって自団体で買い殺し等という状況を作ってしまうと、他のレスラーに与える
悪影響は計り知れない。結局、人気レスラーの我侭は、ある程度目をつぶって
興行を回す事に成る。もちろんリスク(我侭)とリターン(人気)が釣り合っている
ならばの話だ。

「ヨーロッパに、よさげな子が2,3人居るんだけど」

この団体の生命線を理解している佐久間は、真っ先に尋ねた。

「…デスマッチOK?」

「モチロン。一人はイギリス、もう一方はロシアよ。ロシアの方は社長を通して
先方から売り込みがあったんだけど、タッグでレンタルして欲しいって」

「あら、どっちも良い感じじゃない。問題点は別にして」

「コレがどっちも同じ様なタイプの子なのよ。ロシアの方が難物みたいだけど」
「イギリスは置いとくとして、ロシアの問題って?」
「日本のプロレスリングスタイルに噛み合うかどうか」
「…ヨーロピアンスタイルは、コッチに合せてくれないから。でもそれがなんで
向うでも問題児扱いに成る訳?」

サマラの青い瞳が、マグカップのコーヒーに向いた。

「ロシアの子は秒殺、畳み掛けて相手を屠るのが“レスリング”だって
息巻いてるみたい。件のロシアンプロモーター的には、アメプロ、とまでは
いかないまでも、日本のプロレス的な攻防を見せたいらしいんだけど…」
「一気に攻めて、試合に成らない訳だ」
「そう。相手の技を受けずに、投げ投げ投げらしいわ」

サマラは流暢な日本語を使いつつ、アメリカンなボディランゲージで肩をすくめる。

「ロシアのもう一人の子はちゃんと攻め受け出来るっぽいんだけど、先方の意向が
タッグで売ってるから、“投げアマレス子ちゃん”共々タッグで引き取れだって」
「引き取れって凄い言い方ね」
「プロモーター、いっぱいいっぱいみたいよ。社長に掛けてきた電話、内容は
強気だったけど、移籍金ファイトマネーその他格安だったの。目の届かない所に
厄介払いできれば最高って感じ」
「で、社長の判断は?」
「つい最近、魅優と咲美のタッグを解散させちゃったでしょ。ウチは他に
売り出してるタッグ居ないから、勿体無い、がメインの意見」
「勿体無い以外に、何か有るの?」
「本音は、魅優や咲美のレスリングスタイルに影響与える可能性を考えたんでしょうね。
強ければそれで良いんだ的発想は、プロレスラーとしての今後を考えた時
良くないわ。一遍染まったら、其処から抜け出すのは容易じゃないし」

佐久間はカップにコーヒーが残ったまま、コーヒーポットに手を伸ばす。
「…アンタが通った道じゃない」
佐久間の険しさを増した視線を感じながら、すました顔でサマラは答えた。
「あら、私は強いから、嫌でも通っちゃったの」
佐久間を見やるでもなく、視線は宙を漂わせたままサマラが続ける。
「だからこそ、私も社長の意見には賛成するわ。“レスラーの自分”が出来ない内に
パワー・フォー・ジャスティスな考えに至るのは、レスラーとしての寿命を縮める」

佐久間はポットに伸ばした手を急に止めた。残っていたコーヒーがカップの淵で
大きくさざめく。佐久間は一瞬波紋に目をやり、黙ったまま温くなったコーヒーを
一気に飲み干した。置こうとしたカップが、デスクの上で微妙に高い音を奏でる。
「昔の話だからいいけどさ…」
抑えた口調で言い掛けた佐久間の鼻先に、空のマグカップが差し出される。
「Gomenn」
サマラの困ったような、甘えたような表情とカップを見、佐久間は言葉に詰まった。
「もう…」
ため息を付くと、苦笑寸前の表情を浮べつつコーヒーを注いでやる。
口を継いで出たのは、元の話題だった。

「で、結局ロシア美人の新外国人獲得は無し?」
「社長は現場の判断を尊重する、とは言ってるけど獲得する気は無いんじゃない?
私もその判断に賛成。更に現場である貴方、それにベビーのTOP、鮎川も支持して
くれた」

表面上は何事も無かったかのように、サマラは答えた。

「んじゃ、イギリス娘で行くの?」
「このまま進むと、そうなるかもね」

 多少考え込みながら、サマラは社長へ電話すべく受話器を取った。
2杯目のコーヒーを飲みながら、佐久間は手近にあったスポーツ新聞に
手を伸ばす。新極東女子プロレスに移籍したかつての仲間の記事が、紙面を
小さく飾っていた。椅子にもたれ掛かり、見るでもなく窓の外を見やる。

 イギリスマイナー団体、クレア・オルコットの来日が決まったのは
一週間後の事だった。

幕間劇その2へ続く


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