「キャッチ・アズ・キャッチ・Me!」

ちゃっちゃと本文読ませろや! あ、漏れTOPに戻るわ R・うぃっちぃ〜ずTOPに戻る


 「青コーナー〜…」

 いつもと同じ選手コール。

 小さな会場一番の取り柄、リングの隅々までしっかり見渡せる強烈なライトは、
いつもと同じきらめきを投げ掛ける。何度も興行を行った、いつもの会場。
毎回熱心なファンが2階席に掲げる、選手を応援するいつもの横断幕。
すべて、いつも通りな団体の興行。

 定期巡業の雰囲気が漂う場内を余所に、きらめくライトの下
リング上では普段とやや異なった空気が流れていた。

 「…赤コーナー、110パウンド〜っ リリス〜魅優〜っ!」

 歓声が沸き起こる中、名前が呼ばれた当人は微動だにせず一点を
睨みつけていた。普段なら、ヒールとしての“愛嬌”を観客に振り撒く筈の
その顔は鋭く引き締まっている。歓声を上げていた観客の中から、普段と微妙に
異なる空気を感じ取ったごく少数の者達が、小さくさざめく。
 視線の先には、すまし顔の少女がウォームアップしていた。

 均整が取れたボディは、俊敏さとレスラーとしての力強さを随所で見せ付ける。
魅優より目線一つ分は高い身長。スパッツ型のリングウェアは最近のアマレスウェアに
見えるが、暗いブルーグレーの色合いと、クラシカルな白い編み上げリングシューズを
着用している所為で、酷く落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
 ベテランレスラーの様にシンプルで抑えた装いと対照的に、少女の顔は
魅優と変らない位か、あるいは更に2,3歳は若く見える。
 ボディとアンバランスな、幼いあどけなさを残した顔は不機嫌そうに表情をころして
いるものの、チャームポイントに見えるソバカスと輝きを持った青い瞳の所為で、
返って可愛らしさを強調されていた。
 照明の光を反射しているかのように見える明るい色の金髪は、赤い髪留めを使い
変形ツインテール風にまとめられ、動く度、滑らかに短くたなびく。

 日本マット初参戦となるクレア・オルコットは、緊張の色を見せず、普段と変らない
調子でゴングを待っていた。対戦相手であるリリス魅優と視線を全く合せようとせず
肩を軽くストレッチしたりロープの張り具合を確かめている。
 その姿は、魅優を意識していない、相手を歯牙にも掛けていない事を態度で示していた。
 …もっとも、クレア自身がそう思っている、もしくは思い込もうと
しているだけで、セコンドや解説者、見る目の有る観客には彼女が魅優の事を強烈に
意識しているのが、ハッキリと見て取れる。

 レフリーが両選手をリング中央に招き、額面通りの注意を与えた。
一方はレフリーを見向きもせず、対戦相手を睨み付けたまま。
もう一方は関心無さげに対戦相手を無視し、レフリーを時折見やりつつ、曖昧に
注意を聞き流している。

 コーナーに戻るようレフリーに促された際、黙っていた魅優が初めて口を開いた。

 「壊れない程度に、徹底的にいたぶって差し上げますわ」

 傍で聞いていたレフリーが驚くほど、魅優の冷たい笑みと嫌味な位丁寧な言葉使いは
不気味さを醸し出していた。垂れ目気味の潤んだ眼と、あどけなさが残る
可愛らしい顔つきが、返って底知れない何かを感じさせる。
 微笑みかけられた当の本人、クレアは魅優を一瞥し、コーナーに戻りながら
突き放す様に言い放った。

 「壊れない程度に、レスリングを仕込んであげるわ」
 「なっ!?」

 プレッシャーを掛けたつもりが素っ気無くあしらわれた魅優は、一瞬驚きの表情を
浮べ、即座にムッとした表情で打ち消す。同じ台詞で返されるとは思っていなかったのが
コロコロと変化した魅優の顔に見て取れる。
 振り向きざまに視線の端に捉えた魅優の表情で、クレアは舌戦での勝利を確信し
優越感に浸った。

 激昂して冷静な判断が出来なくなった選手は、コントロールしやすい。
リトルガールを実験台に使い、ジャパンの観客に本場のレスリングをみっちり
見せつけてやろう。自分の技を見せ終わるまで、プリティ・ヒールが持てば良いが。
 自分のコーナーへと歩きながら、クレアはあれこれ勝手な想像を巡らせていた。

 ゴング前だというのに突然高まった歓声に、一瞬訝しげな表情を観客席へと
巡らせる。視線が自分に集中している事に気付いた時、柔らかな重みの有る衝撃が
背中で弾けた。

 「!?」

 驚いた瞬間には、太いロープで絡め取られた感触が喉元をはしっている。
レスラーとしての感性でオトされないよう反射的に引こうとした顎は、相手の腕に
弾かれた。ようやく、頭の中で何が起こったのか正確に理解する。

 ― スリーパーを極められてしまった! ―

 絞まっていく腕を阻む為、差込もうとした自らの指先は普段より白く、思うように
動いてくれない。

 「汚い! ゴング前に仕掛けるなんて」クレアは、思わずそう口走ろうとしたが
口をついで出たのは、ゼェッという荒い呼吸音と消え入るような「き…たな…」
という切れ切れの単語だった。彼女の発した声とも呼吸音ともつかない音を
仕掛けた魅優は正確に感じ取っていた。

 「汚い?…私達はプロレスやってるんですのよ。レフリーの5カウントまでは
何をやってもOK」

クレアを更に絞め上げながら、魅優は見下した笑みを漏らす。

 「何より、小生意気なスコットランド娘を弄ぶ為なら、何でもしますわ!」

 絞め付けられ、顎がじわり、と持ち上がる。突然、トップロープが上に跳ねたように
見えた。やや有って、自分が膝から崩れ落ち、尻餅を付いた事に気付く。直ぐ目の前に
見えるように感じるサードロープに腕を伸ばそうとするも、震える腕は感覚無く
リングに触れたままだ。背中に貼り付いた小娘が、レフリーと揉めているのが聞こえる。
ジワジワと真っ白に成っていく意識。観客の大歓声、実況の絶叫する声が
遠くの方で響いたように感じ、口惜しい思いと奇妙に混ざり合って、溶けていった。

 「落せっ!お・と・せっ!」

観客のオトせコールが場内に響く。

 「あーっ、クレアの腰がリングに落ちてしまったぁ!レフリーが魅優を引き離しに掛かって
いますが、魅優離さないっ。ゴング前の奇襲攻撃に、戦う前から敗北してしまうのかぁ!?」

ヒートアップする実況。隣で、黙っていた解説の榛名マナがボソッと呟いた。

 「遅い…」

 両者を引き離そうと悪戦苦闘していたレフリーの目の前で、唐突に魅優が技を解く。
開放されたクレアの体が、魅優の肩を滑るようにリングへと崩れ落ちる。
ドサリという重い音と共に、横向きに沈み込んだクレアの顔へと金髪が乱れ舞った。
 反則の注意を与えるべきかクレアを確認すべきか、一瞬戸惑うレフリーを尻目に
魅優は観衆に向かって高々と腕を突き上げた。

 「オトしましたわよ〜っ?!」

クレアの、うたた寝をしているかのような力無い表情は、彼女が完全に失神している事を
伝えていた。

 「リリス魅優、クレアを完全KOだぁ〜!」

 実況の上ずった声が、場内の興奮を代弁している。自分のマイクにまくし立てながら、
彼の横に座る解説者の方に視線を向けた。

「それにしても凄まじい秒殺劇でした。完全に不意を付いたとはいえ、グラウンド
レスリングの巧みさで定評有るクレア・オルコットに全く何もさせず、山村咲美並みの
裸絞めでオトしてしまいました。マナさん、どうですかこの展開?」

 実況の相変わらずな投げっぱなし質問に、解説の榛名マナもいつも通り
不機嫌そうな表情で答える。

「不意を付いた事が最大の要因。それと、相手の実力を正確に判定し、全力で落しに
掛かったリリス魅優の作戦勝ち」
「作戦と仰いますと?」
「観客は、クレアより魅優の方がサブミッション使いとして上だとイメージ持った筈。
歓声聞けば解るけど」

「うぉぉぉぉ?! リ・リ・スッ リ・リ・スッ!」

 場内の生歓声を視聴者に伝えるべく、一呼吸置いてから実況が再開する。

「マナさんの仰る通り、試合前の反則攻撃KOにも関わらず場内は魅優コール一色!
それにしてもですよ、ゴング前のKO劇なだけに、この試合がどういった扱いに成るのか
非常に気に成る訳ですよ。無効試合となるのか、はたまたリリス魅優の反則負けと
成るのか、どうなんでしょう!?」

 どうとでも取れるリング上の結果を聞かれ、不機嫌そうなマナの顔が苦笑寸前の表情に
変化した。

「…魅優次第?」

 ゴング前の勝敗に関係無い攻撃にも関わらず、魅優がクレアを確実に仕留めた事実は
観衆をヒートアップさせた。観客を煽りながら、魅優はリングシューズのつま先でクレアを
大の字に転がすと、胸元を踏み付け完全KOした事を場内全体にアピールした。

「ヨーロピアンスタイルだか何だか知りませんけど、所詮レベルが違いますわよ!」

 アピールしている魅優にレフリーが食って掛かった。

「魅優、この試合は無効試合だぞっゴング前に仕掛けたんだからな」

 魅優は煩わしそうにレフリーを押しのける。クレアの髪を鷲掴みにして引き起こすと、その頬に
鋭い平手打ちを見舞った。パシンッという乾いた音が場内に響く。
眠りから覚めるように、結んだままだったクレアの口から小さな呻き声が漏れた。
 クレアの意識が戻ったのを見届けると、魅優はレフリーにクレアの体を投げ渡す様に預ける。
一瞬、崩れ落ちそうになるクレアの肩をレフリーは慌てて抱きとめた。
 クレアの意識を確認するレフリーの声を背中で聞きながら、魅優は自らのコーナーに
大股で歩み戻った。

「さっさとゴングを鳴らしなさいなっ試合は“まだ”始まってないんですのよっ!」

 観客を意識した魅優の大声が、場内に響き渡る。答える様にどぉぉぉっという
歓声がくたびれた会場に反響した。

「あーっとリリス魅優、試合開始を場内の観客に大アピール!KOしたクレアに対して
これみよがしの完全決着要求だぁっ! マナさん、魅優選手の傍若無人なこのアピール
正式に受け入れられますか?」

 実況の説明的な質問に、マナは何時もの不機嫌そうな表情で断言する。

「お客さんの盛り上りを考えたら、改めて試合開始が当然」
「成るほど、レフリーはリリス魅優の反則負け裁定を未だ下さずクレア選手の状態確認を
優先しています。マナさんの仰る通り、クレア選手次第で、改めてゴングが鳴らされる
可能性が非常に高くなってまいりました!」

 観衆の注視が集まる中、レフリーはクレアへ声を掛け続けた。セコンドから手渡された
アイシングを、レフリーが気付け代りに額や首筋に当てると、うっすらとクレアの瞳が開く。
 靄が掛かったように頼りない、薄ぼんやりとしたクレアの意識に、場内の歓声が
ふわふわと触れている。レフリーの問い掛けがよりハッキリと跳ね返り、痺れたような首筋を
心地良く伝う冷たい水滴で意識が呼び覚まされていく。心の何処からか聞こえる叱咤の声と
歓声にかき消されず響く、可愛らしく甘い高笑いでクレアの意識は完全に覚醒した。
 
 「ア…!?」

 刺々しく眩しい照明に、一瞬目を細める。微妙にぼやけた輪郭が徐々にハッキリと
形を取り戻した。目の前で手を振り、「クレア、いけるか?アーユーOK?」と下手な英語で
問い掛けを繰り返しているレフリー。アイシングを持って、心配そうに見下ろすセコンド陣。
 自分がどれだけの間失神していたか解らないが、クレアはハッキリと状況を理解した。
問い掛けを続けるレフリーに、クレアは頷きで返す。レフリーによる通り一辺倒な
状況確認の作業が続く。手渡されたアイシングを額と胸元に荒々しく押し付けた後
クレアは低い声でレフリーの問い掛けに答えた。

「ゴング…レフリー、試合は始まってないんでしょ?…早くゴングを鳴らして」

 やや俯いて表情は見えないものの、クレアの頬は魅優の平手打ち以外の何かで染まっていた。
クレアの冷たい声に、レフリーは息を呑む。試合できるかどうかの再確認を
思い止まると、レフリーはそのまま、セコンド陣にリングを降りる様、促した。
 クレアは、セコンドが物入れ代りに持って上がったバケツにアイシングを放りこむと、
確りした足取りで自分のコーナーへ戻る。試合開始の雰囲気で、場内のボルテージが上がり始めた。
 コーナーポストに寄りかかり、推移を見守っていた魅優の表情が不気味にほころぶ。

 “カーンッ!”

 レフリーの派手なアクションと共に、ゴングが打ち鳴らされた。潮騒のような観衆の
うねりに乗った様に、二人はリングの中央へと歩み寄る。クレアは腰を低く構え、いつでも
タックルを狙える態勢で魅優との距離を測った。魅優はルチャドーラが見せるような軽快な
ステップで距離を詰める。魅優は軽く左手を上げて、力比べをアピールしようとした。

「ほら、組み合うチャンスを差し上げますわよ」

 瞬間、クレアが弾かれたように魅優の腰へとタックルする。クレアの反応を予期していた
魅優は、余裕を持ってタックルを潰そうとした。魅優の意識が自らの半身の防御に集中した
次の瞬間、伸び上がる様にしてクレアが魅優の腕に絡みついた。

「!?」

 魅優の表情に驚きの色が浮かぶ。フェイントに気付き腕をガードしたつもりが、スタンドの
アームロックでキッチリとクレアに捻り上げられていた。腕に響く鋭い痛みより、組み付く際に
クレアが見せたフェイントの早さ、巧みさに顔をしかめる。密着したクレアが視線一つ上から
魅優に囁いた。

「トロイのね」
「なっ!?…この…」

 魅優の毒づきが耐えかねたような歯軋りに変る。クレアの捻り上げがより厳しく魅優の腕を
攻め立てた。魅優の可愛らしい口から小さな悲鳴が漏れ、空いている手をロープに延ばす。
 ふわっと痛みが走っていた腕が自由になり、魅優が伸ばしていた腕は勢いのついた体ごと
ロープへもたれ掛かった。自分に何が起こったのか解らず、魅優は一瞬混乱する。
 クレアはリングの中央で、魅優に冷ややかな視線を向けていた。

「いらっしゃい…それとも、もう終りにする?」

 クレアの醒めた言葉は、魅優を逆なでするのに十分だった。

「こっのぉ〜っ!!」

 逆上した魅優が、リング中央で待ちうけるクレアに躍り掛かる。掴み掛かろうとした
瞬間、クレアが流れる様に魅優から体をかわした。二人が交錯し、相手を掴み損ねた
魅優の腕はクレアに抱え込まれ、その体はマットに押し付けられる。

「綺麗なカウンターでクレアの脇固めが炸裂ぅぅっ!ラフ&サブミッションの魅優が
いいように弄ばれているっ。甦生したクレア・オルコット、ランカシャースタイルの
サブミッションを観客に魅せ付け、魅優には自らの強さ上手さを見せ付けています!」
「自分を見失った魅優が、張り合うのは無理」

 解説者である榛名マナの言葉を聞き漏らさず、実況が聞き返した。

「というと、普段通りなら魅優も十分対抗できると?」
「それなりに余裕」
「成るほど、この先魅優が冷静さを取り戻して、普段通りの試合展開に戻せるかどうか
或いはクレアが魅優の冷静さを失わせたまま上手く極めるか、注目ですね!?」
「見物」

「すげぇー」 「魅優よりキレが有るんじゃないの?」

 観客はクレアの素早いサブミッションに驚きの声を上げていた。リング上では、クレアが
脇固めで魅優を更に攻め込む。

「返せないわよ。ロープにエスケープしたら?」
「あっ…くぅあぁっ!」

 抱え込んだ魅優の腕を捻り上げ、肩口に体重を掛ける。脇固めが完全に極まったが
魅優はロープエスケープもせず、レフリーの「ギブアップか?」という問い掛けにも首を振り
その場で脇固めに耐え続けた。

「へぇ、無駄な意地だけは有るのね。なら、もう暫くレスリングを仕込んであげるわ」

 魅優の腕を支点にクレアの体が軽やかに翻る。巻きつく様に魅優の腕が畳まれ、クレアは
脇固めからグラウンドのアームロックへと華麗に移行した。

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「ひぐっ きゃぁぁぁっ?!」

 魅優の絶叫が甘く響き、クレアは醒めた瞳の中に満足げな光を宿す。レフリーが
再びギブアップか問い掛ける中、魅優は必死に首を振りつつロープへと這って行く。
魅優の自由な右腕がロ―プへ触れる寸前、出し抜けにクレアはアームロックを解いた。

「おおぉぉぉぉ!?」

 場内が騒然とする中、アッサリ技を解いたクレアは魅優と距離を取る。
レフリーが、ロープに腕を絡め、うずくまったままの魅優をチェックし肩が脱臼していないか
確かめた。魅優が立ちあがるまでの間、クレアは平然とした表情でリングウェアの乱れを直し
態勢を整えつつ、待ち構える。魅優が左腕を気にしながら立ち上がるのを見届けると
レフリーが離れるのを待たず、再びタックルの姿勢で飛び込んだ。

「このっ!?」

魅優は慌てた様子でタックルをガードしようとする。長時間攻められた左腕を気にして
ガードが疎かになった隙を突かれ、魅優はクレアの組み付きを許してしまった。
胸元に抱きつくような態勢を取ったクレアに、ベアハッグを仕掛けられたのか
と体を硬くする。次の瞬間、視界が流れる様に一回転し、魅優の体はマットへと叩きつけられた。

「高速フロントスープレックスゥーッ、リリス魅優受身が取れないままマットへ激突っ!
ダメージも大きいでしょうが何より、再びリング中央へ戻された格好っ。
サブミッション地獄の鬼が大きな口を開けて、生意気な小悪魔を飲み込もうと
待ち構えているのかぁ!?」
「自分の土俵で戦うクレアは、有る意味最強」

 実況の煽りに乗った様に、観衆の声援が大きく響く。ダメージで起き上がるのが遅れた
魅優の右足を、クレアが立ったまま小脇に抱え込んだ。

「ひぁっ!?」

 腕の痛みか、クレアの徹底した関節攻撃への恐怖心からか、魅優の顔が薄く強張る。
自分が優位に立っている事を魅優の表情で確認し、クレアは愉悦まじりの声を上げた。

「そんなに怖がらなくてもいいわよ、壊れない程度に加減してあげるから…」

抱え込んだ魅優の膝に、自らの足を素早く巻きつける。

「もっとも、この技は加減が利かないけどっ!」

 クレアはアキレス腱固めを極める積りで、尻餅を付く様にマットへと倒れこんだ。
上半身のバネを使い、魅優のアキレス腱を完全に壊す勢いで体を反り返そうとする。
瞬間、クレアの右足首に鈍痛が走り、意識がそちらに流れた。クレアの視界に、魅優が
クレアの右足首を両手で捻っているのが映る。彼女の口がア…と形作る間に、ロックしていた
魅優の足はクレアの脇を抜け逆にクレアのスパッツに絡みつく。声を上げる瞬間、魅優の脇に
彼女の右足首は吸い込まれ強烈に捻り上げられていた。

「!!」

 ギリッという歯軋りの音がマットに響く。強烈に極まったアキレス腱固めの激痛に悲鳴を
上げそうになったのを、クレアは歯を食いしばって必死に堪えた。

「我慢しない方が良いですわよ〜。この技加減が利きませんからっ」

 魅優の馬鹿にしたような物言いとは裏腹に、仕掛けたアキレス腱固めはクレアが舌を巻くほど
完璧に極っていた。豊満な胸を誇示する様に体を反り返し、クレアのアキレス腱を絞り上げる。
 クレアは、痛みに耐えかね口から漏れようとする悲鳴を、奥歯でかみ殺した。
ダメージを受けた事を相手に悟られるのは、試合運びの上で不利になると教えられている。
何より、ブザマな悲鳴を上げ、必死にエスケープを図るのは彼女のプライドが許さなかった。

「…アッ…このっ…?!」

 自分の足に絡みついた魅優の足首を取り返し反撃しようと試みるも、その度に魅優が
アキレス腱を捻り込み、痛みで悲鳴を上げそうになる。自分が選んだリング中央という
フィールドは、今、クレア自身をじわじわと飲み込んで行く底無し沼に感じられた。
魅優を追い込んでいた際に心地良かった汗が、今はねっとりと全身に絡みつく不愉快な
油の様に思える。一旦エスケープをすべきだが、ロープは余りに遠い。クレアがプライドと
痛みの天秤をはかりかね、一瞬視線をロープへ向けた時、唐突に足首が軽くなった。
 ハッとして足元に視線を戻す。先程まで自分の足に絡みついていた魅優が、彼女の足首と
ふとももを鷲掴みにしたまま、マットに押し付けているのが目に飛び込んだ。

C:\My Documents\awwf\as049.jpg

「フッ!」

 軽く勢いをつけて、逆立ちするように魅優の背中が見える。
 ダンッ!というマットに爆ぜるような音が響き、固定されたクレアの膝裏に魅優の膝が
叩きこまれた。二発、三発と繰り出される、体重が乗った魅優のニードロップに涙目に
成りながらも、クレアは自らの信条を守り悲鳴を押し殺す。

「強情な娘ですわねっ。サッサと良い声でお鳴きなさい!」

 魅優はクレアの足首を固めつつ、再び持ち上げる。ダメージを逃がすべく半身になって
耐えようとしたクレアを逆エビの要領で裏返すと、スタンドのヒールロックに入った。

「ひぐっ!?」

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 腹這いと成ったクレアの口から、小さく押し殺したような吐息が漏れる。不意を付かれた
所為もあるが、グラウンドの攻防でここまで追い込まれたのは初めてだった。
魅優はクレアの小さな悲鳴を聞き逃さず、愉悦混じりの声を上げた。

「あら可愛い。良い感じの鳴き声ですわよ」

 ダメージよりも自らの発した悲鳴で、クレアの顔が赤く染まる。うつむいたままロープへと
這い進もうとするも、クレアの足は魅優の胸元に抱え込まれ、足首は確りと固められていた。
魅優に煽られた口惜しさを押し殺し、クレアは匍匐前進のようにジワジワとロープへ進む。

「ロープッ ブレイク、ブレイクッ!」

 レフリーの声が響き、クレアと魅優の間に割って入る。永遠に感じられるロープまでの距離を
クレアはのたうつ様に耐え、ロープブレイクに持ち込んだ。
 本来なら、逃れる事がまず出来ないであろうヒールロックを逃げ切れた理由を、クレアは
腹這いのまま全身で噛み締める。

“弄ばれた…”

 クレアは怒りに我を忘れそうに成るのを、必死に堪えた。魅優が彼女のメンタル面に
揺さぶりを掛けているのは明確である。なにより、グラウンドでの攻防で、久々に全力を出せる
という事実が心の奥底を熱くたぎらせた。

「クレア、アーユーOK?」
「…いけるわ」

 クレアはレフリーの問い掛けをぞんざいにあしらい、余裕ある表情を見せつつ立ち上がる。
レフリーの背後で待ち受けていた魅優は、クレアの立ち上がり様に組み付いた。

“ギシッ!”

 トップロープが二人の体重で軋む。互いにもみ合う様に絡み付き、ロープ上で押し合う格好となった。
すぐさまレフリーがブレイクしようとするも、二人とも相手の腕を取って容易に離れようとしない。

「煩いですわね!チョットどい…」

 強引にブレイクしようとするレフリーに魅優が毒付いた瞬間、クレアの首が魅優の脇に差込まれる。
魅優の体はレフリーを押しのける様に一回転し、水車落しでマットに叩きつけられた。
きゃうっ!という可愛らしく甘い悲鳴が響く。不意打ちで背中を強打し、魅優の息が詰まる。
 素早く起き上がったクレアは、マットでのたうつ魅優の黒髪を鷲掴みにして引きずり起こした。
足元が覚束ない魅優の、メリハリの有る腰に背後から組み付き、両腕をフックする。

「フッ!」

 小さな気合と共に、凄まじいスピードで魅優の体をブッコ抜く。観客にはクレアが魅優もろとも
綺麗な弧を描いたように見えた。

どずんっという鈍いマットの音が響く。爪先立ったクレアが見事なブリッジで魅優を固めた。

「レフリー!?」

 クレアの呼び掛けに、レフリーのカウントが入る。 1−2−−!?
スリーカウント直前、魅優が足を振ってブリッジから逃れた。

「うぉぉぉぉぉぉ!!!」

一瞬、勝負が決ったものと思った観客達や実況席から、返した魅優へ驚きの声が上がる。

「水車落しからジャーマンスープレックスゥッ!それでもカウントはいらずっ!
だがしかしクレアのスープレックスは確実に形勢逆転の一撃っ。リリス魅優のスタミナを
根こそぎ奪い去ったぁ!これはクレア・オルコットの来日初勝利が一歩近づいたとみて良いんでしょうか?
マナさん??」
「…むしろ遠のいたかも」
「なるほどぉ…って、ええっ!?」

 マナの淡々とした返答に相槌をうち損ね、実況が目を白黒させた。

「確かにサブミッション使いのリリス魅優なら、一発逆転も可能でしょうが、それはクレア選手も同じでは…」
「じゃなくて、ガード面の問題」

 珍しく実況を遮った解説者は、それ以上答える事無くリング上を注視する。慣れた調子で話を取り繕いながら
実況者は榛名マナが放った言葉の意味を求め、リングに集中した。

 魅優をリリースしたクレアは、ジャーマンスープレックスホールドの態勢を崩し、マットに大の字で呼吸を整える。
投げる際のグリップで、ダメージを負っていた足首は悲鳴を上げているが、立てないほどではない。
クレアは魅優の動向に意識を向けつつも、横たわったまま体力の回復を優先した。

 魅優は腹這いに倒れたまま、荒い呼吸を繰り返している。連続したサブミッションでの攻めでスタミナを消耗し
不意打ちで貰った水車落し、キレの有るジャーマンスープレックスで一気にダメージを受けてしまった。
 ジャーマンの受け身を取る際、攻められていた肩口を強打したのが鈍く響く。

どちらも無防備な態勢のまま、観客の声援が二人を通りすぎていった。レフリーがそれぞれに試合再開を促し
観衆への申し訳程度に両者KOの10カウントを数え出す。5を過ぎた辺りで、漸く魅優が起き上がり始めた。
 それを知覚したクレアが一瞬早く跳ね起きる。クレアの動きに対応すべく魅優が構えた時には、既に魅優の
バックにクレアが組み付いていた。魅優はクレアに足を絡め、スープレックスを阻もうとする。クレアは魅優の
足を使った防御を無視し、素早く絡みついてコブラツイストを極めた。

「ひぐっ…きゃぁぁぁぁぁぁっ!?」

 魅優の絶叫が響く。可愛らしい声が痛みに耐えかね漏らす悲鳴は、陰惨な響きを持ってマット上にこだまする。
クレアは魅優が痛めた肩口を極め、メリハリ有るボディを絞り上げた。クレアが揺さぶる度に
魅優は悲鳴を上げるものの、レフリーの問い掛けには決して首を縦に振らず、ギブアップを拒み続ける。

「キャンキャン煩いわよ。痛いならギブなさい」
「魅優、ギブ?ギブアップか?」
「ノー、NOよっ!」

 予想外の攻めは、魅優を窮地に追い込んだ。クレアが腕を極めてくる、もしくは投げにくる事は
想定していたが、ここまでプロレス的な技を繰り出してくるとは。
 魅優の額から幾すじもの汗が滴り落ちる。絡み付き絞め上げるクレアの腕が魅優の双乳の狭間に
はまり込み、魅優を攻める度、彼女の張りの有る胸を大きく揺らした。

 魅優はタイミングを計ってクレアが仕掛けた足へのフックを解く。肩口の激痛に耐えながら
背負い投げの要領でクレアを投げ捨て、漸くコブラツイストを外した。
 ホッとしてへたり込みそうに成る魅優に、クレアがすぐさま組み付き直す。魅優は悪態を付く暇も
無く、スタンドのアームロックに極められてしまった。キャッチ・アズ・キャッチ・キャンのねちっこく、相手の
弱点を集中して攻め続ける徹底振りに思わず顔をしかめる。

「逃がさない…」

 クールに、落ち着いた表情とは裏腹に、クレアの青い瞳は獲物を追い詰めた猟犬のように、興奮で輝いていた。

―― 決めに来てる?! ――

 魅優は雰囲気から、反射的に悟った。このまま中途半端な位置に居たら、リング中央にコントロールされ
終らせるつもりの極め技を出されてしまう。クレアのアームロックをガードしながら、魅優は一気にロープ際に
逃げようとした。が、クレアの巧みなアームコントロールで、半回転する様に元の位置に引き戻されてしまう。

「逃がさない、と言った」

 冷たく無表情に言い放つクレアは、魅優に底知れない不気味さを感じさせた。力を込め、じりじりとリング中央に
持ち込まれているのが、経験で解る。関節技のせめぎ合いで遅れを取るつもりは無いが、今の彼女には
痛めた腕を攻められた際、堪えきる自信が無かった。

 魅優が攻められている腕のガードを止め、空いている腕を振り払う。不意に訪れた有り得ないチャンスに
クレアは反射的に反応し、魅優をアームホイップでリング中央目掛け投げようとした。普段のクレアなら相手の
反応を警戒し、より完璧にアームロックを極め、そのままリング中央へと持ち込んだであろう。
 相手をコントロールしている、狩る者の立場だという興奮が、クレアの判断を一瞬曇らせた。
ハッ!という、興奮の色を隠せないクレアの気合が響く。
 魅優は投げようとするクレアの体に密着すると、右フックを鋭く鳩尾に打ち込んだ。

「きゃうっ!」

魅優と声質が違う、透き通った甘い悲鳴がリング上に響く。放った本人よりも、間近でその声を聞いた魅優や
エプロンサイドの観客が驚きで声を失った。魅優の放ったボディパンチは、ダメージを与える事より牽制を
目的としたパンチだったが、食らったクレアの方は、苦痛に顔を歪め、至近距離での攻め合いを嫌い、魅優から
離れようとしている。

「…?!」

魅優は半瞬で驚愕から立ち直ると、体当たりでクレアに組み付き、コーナーポストへ押し込んだ。

「貴方まさか…」
「くっ、またスープレックスで投げ捨ててやっ…!?」

“ズンッ!”

 クレアが言い終わる前に、魅優の右手がクレアの下腹部にめり込む。はぐっという音とも声とも付かない
悲鳴と共に、クレアはマットに跪き、前のめりに倒れこんだ。両腕でボディを抑え、のたうちまわる。
魅優は仁王立ちで、崩れ落ちたクレアの後姿を見下ろした。

「これはこれは…観客に面白いショーを見せる事が出来そうですわね」

打ち込んだ右手を振りながら、魅優は不敵な笑みを浮べた。
 騒然とする観衆の中、実況が驚きの声を上げる。

「おおっと、魅優のボディブローがクレアにスマッシュヒットォッ 抗争中の山村咲美を毎回悶絶させる
恐怖の一撃が炸裂。クレアをマットに沈め込んだぁ。以前ベビーのTOP、鮎川瞳を追い込んだ際も
ラフブローを的確に使っていましたが…それにしても、この一撃は何と言うか、効きましたね?」

 やや困惑の色が見える実況に、解説者が躊躇いながらも助け舟を出した。

「…クレアは、防御ダメダメ」
「というと…」
「打撃は貰わないから防御する必要無し、が彼女の信条」
「なんとぉ!? では、プロフィールにある、“ギブアップかKOか”というのは」
「ギブアップさせるか、KOされるか、という事」
「ええっ!?」
「彼女が居た団体は、一撃で決める打撃系選手が多め。打撃を貰う事は即KOを意味する。故に
打撃は一切貰わず、グラウンドに持ち込んでギブさせる、という戦法に固執したみたい」

 ぽかんと口を開けた実況に、榛名マナは何故か弁解がましい視線を向けた。

「でも、派手なKOで散るか、一瞬でグラウンドに持ち込みサブミッションでギブさせるか、という
スリリングな試合内容は、人気だったって」
「しかしそれは…」
「ん、ココではかなり…」

 解説の言葉は珍しく歯切れが悪い。実況は自分を鼓舞するかのように、ボルテージを保ったまま
声を張り上げた。

「あっとぉ、魅優のラフ殺法はまだまだ終らないっ!再びクレアを引き起こしたぁっ」

 呻き声を上げるクレアを、魅優は再びコーナーポストへと磔にする。
割って入ろうとするレフリーを払い除けると、クレアの鳩尾にアッパー気味のパンチを打ち込んだ。

「ひゃうっ!」

鈴の音のように澄んだ悲鳴が場内へ響く。

「うぉぉぉぉ!」

 グラウンドでの攻防をクールに耐え抜いたクレアが、パンチ一つ一つに新人レスラーのような
悲鳴を漏らすドミネートな展開。観客は予想外の状況に興奮し、大きな歓声を上げた。

ずんっ! ――コーナーポストに突き抜けるような鈍い音。

くぅっ! ――押し殺そうとして堪えかね、大きく響く官能的な悲鳴。

 一撃毎に観客は盛り上り、魅優の攻めに酔いしれる。魅優自身も、咲美との対戦時に見せる
サディスティックな笑みを浮べ、打ち込む拳の手応えを全身で感じていた。

「トドメですわよっ!!」

 体ごとぶつかるような魅優のフックが、クレアのレバーに吸い込まれる。ひゃぐぅっ!という
尾を引くような悲鳴を残し、クレアの体はズルズルとコーナーに崩れ落ちた。

「あーっと、拷問磔パンチでクレア崩れ落ちたぁ!バイパー佐久間程の連打性は無いものの
重く打ち込まれる一発一発のパンチに、リリス魅優のサディスティックな一面を場内再認識ぃ〜!
同時に、半ば気を失ったクレア・オルコットが上げた悲鳴は、お客さんを色々な意味でヒートアップ
させているっ」
「…魅優は解ってる子」

 場内を観客の歓声が包む。レフリーの注意が飛ぶ中、魅優は汗で重く濡れた髪をかきあげ
一息付いた。コーナーのクレアは、俯いたままピクリともしない。全身脂汗が流れ、スパッツを
じっとりと湿らせる。こぼれた金髪から滴る汗が、いくつもマットに弾けていた。

「極めるぞーっ!」

 魅優の甘く可愛らしい絶叫が場内に響く。観客の歓声が呼応した様に“おおおおっ”と反響した。
へたりこんだままのクレアの金髪を鷲掴みにすると、リング中央に重く引きずり出す。
クレアの背後にしゃがみこむと、左腕を巻き込み、背中に回す。自らの右腕をクレアの顎先に
絡み付け、耳元で甘く囁いた。

「咲美用の“とっておき”をみせて差し上げますわ。感謝なさい!」

 捻り上げる様に、自分の両指をフックする。変形チキンウィングアームロックがガッチリ極った。
極めた瞬間、クレアの足先が微妙に動く。クレアの腹筋が激しく上下し、荒い呼吸をしているのが
見てとれた。ギブアップか?という問い掛けには反応せず、フリーな右腕はマットへ手の甲を
付けたままピクリとも動かない。クレアは奇妙にねじれたパペットのような格好のまま、焦点を
無くした視線をさ迷わせていた。

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「クレア、ギブか?…クレア! おいっクレア!?」

レフリーの問い掛けが必死なものに成った。クレアの眼前で手を振り、クレアの腕を握る。
ややって、慌てた様に魅優の背中を叩いた。

「ストップ、ストップだ魅優っ、レフリーストップだ!」

 魅優がゆっくりと技を解くと、クレアはデジャヴを感じさせる動きで、マットへと崩れ落ちた。

「あーっと、レフリーが技を解いた。両手を振っているレフリーの動きは、どうやらレフリーストップが
掛かった様です! リリス魅優、イギリスからの刺客クレア・オルコットをラフファイトで粉砕!
チキンウィング・フェイスロックでしょうか?これまで見せた事が無かった技で勝利を収めましたっ!
何とも凄まじいKO劇。クレアをセコンド陣が介抱する中、魅優の腕がレフリーによって高々と
さし上げられたぁっ!」
「…抗争相手が増えた」
「マナさん仰る通り、クレア選手には納得できない今日の一戦でしょう。試合前の先制攻撃といい
…おっと、リング上クレア・オルコット気付いた様です」

 セコンドに介抱され、グロッキー気味だったクレアが漸く上半身を起こす。首筋をアイシングされながら
レフリーに向かって弱々しいが激しい抗議をした。

「…レフリー、ギブアップしてないぞ!私はっ…」

 言い掛けた時、視線に割り込んできた魅優に言葉が詰まる。魅優はマイクを片手に、荒い呼吸のまま
声を張り上げた。

「ランカシャースタイルだかなんだか知りませんけど、私には通用しませんわ!何でしたら、咲美いぢめに
飽きた時にでも、遊んであげても宜しくてよ!」
「なっ!」

 クレアは、ふざけるなっ!と叫び、立ち上がろうとして膝からへたり込む。介抱するセコンド陣に遮られ
抱えられる様にしてリングを降ろされた。抵抗を試みるも体は言う事を聞かず、そのまま控え室に
運ばれる。両脇をセコンド陣に抱えられたまま、クレアは自らの敗北感を募らせていった。

 観客を一通り煽ると、魅優は足取り軽く自分の控え室に戻っていく。観客席と通路を隔てる扉を開けて
待っていたバンシー・サマラに軽く会釈して通路へと入った。サマラが扉を閉めたのを確認すると、魅優は
その場に糸が切れた人形の様にヘタヘタと崩れ落ちる。冷たいコンクリートの上に大の字となり
アームロックで攻められた腕を自ら揉み解した。サマラが、準備していたアイシングを魅優の腕にあてがい
穏やかな微笑をもらす。

「…張り通したわね、意地」
「本場で育った人間に、自分のレスリングが何処まで通用するか、試したかったんです」

 サマラの問い掛けに、相羽魅優は痛みに耐えながら答えた。荒い呼吸を整えながら、
悪戯が見つかった子供の様にバツの悪そうな表情を浮べる。

「チョットずるしちゃいましたけど」

 担架を持ってきたバイパー佐久間と共に、魅優を担ぎ上げながらサマラは優しく答えた。

「それが、プロレスだもの」

END


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