ハルヒ置き場w

 事の起こりなんてモノは、このSOS団に所属している以上
一々記憶している事すら無意味だし、不必要だ。
何より大抵の初動ポイントは、非合法サークル活動集団ことSOS団団長
涼宮ハルヒの突拍子も無い思い付きか、何となく取った行動が主原因となる。
今回も「騒動の方程式」は揺るがぬ定理を俺に見せ付けてくれた。
…いや、見せ付けなくてもいいって。

「やっぱり、バニーじゃ駄目なのよ!」

 いつも通りの面々が思い思いの放課後を過ごしている、文芸部接収SOS団部室。
TRPGのダイスを掌で転がしていた俺は、突然の宣言に思わずダイスを取り落としてしまった。
毎度毎度同じ事を繰り返されると、流石に慣れる…という訳も無く、思わず窓側の
お誕生席へ視線を走らせる。
ハルヒの輝く瞳と、清々しいまでに眩しい笑顔が、団長席から広範囲レーザーのように
面々の顔をなで斬りしていく。だからなんで一旦通り越した俺の顔に再びレーザー
照射するんだろうねコイツは。それにしても笑顔とは裏腹に、言ってる事は
(今回に限り)まともなのが、空恐ろしいやら人の成長を垣間見たと言うべきか。

 …今更ながらに、学び舎で“うふんあはん”な衣装を着用すると言う行為が、
どれだけリスキー且つ無意味な事か悟ったかハルヒ。
うふんあはんな衣装とは言うまでも無く、すっかり御馴染みバニースーツの事だ。
 大体、学校には学校のTPOが有り、この場合使用すべきはTPOに合わせた
衣装で勝負すべきだったのであり、当然学生服のみが絶対不可侵な公式衣装
であるという偏った意見を持ち出す気は毛頭無く、朝比奈さんのようなメイド服を
ファールラインギリギリとして据える事こそ肝要である…等と、一瞬考えてしまう自分は
やはり常識人の範疇に収まるであろう事を確信するね。
続くハルヒの言葉に、一欠けらの常識を求めてしまっている俺の理性を、本能が
哀れに思っている辺りが中々どうして物悲しい。

「手垢が付いたナヨっちいコスプレじゃ、アピール度が足らないわ。
もっと別の次元で突き抜けるべきだったのよっ」

 だからどうしたかったんだハルヒ、と口に出さずとも真っ直ぐ指差した
姿勢で問い詰める様に畳み掛けてくる。というか、人を指差すのは止めろ。

「やっぱり、時代はパワーよ、力強さよ!気合よっ!」

 既にイロイロな所にツッコミを入れたい衝動に駆られているが
まあイイ、最後まで聞いてやる。心の余裕を持っていないと、色々と
辛いという事を学習している辺り、人は生涯学習する生き物であると
俺は身を持って理解している訳だ。

「ふふんっ!」
「…!?」

 三点リードの後にビックリしたのは、これが初めてだったか?
優越感を感じさせる顔でこちらを見やったハルヒが、自分のスカートへ
手を伸ばし、音高くファスナーを下げて見せた。モチロン、万有引力の法則は
平等に作用する。スカートはハルヒの腰の辺りで一瞬すがりつく様に抵抗した後、
はらりという擬音が合いそうな感じで、足元へ舞い落ちた。
 俺は「…!?」を、ポカンと開けた丸い口と見開いた目でボディランゲージ
している。 というか、まじまじと見ちゃってて良いもんかね、この状態。

「いやらしい目をしてんじゃないわよっ、バカキョンッ!」

 非難の言葉とは裏腹に、微妙に高揚した口調のハルヒは颯爽と上着も脱ぎ捨てる。
何というか、上着をまくり掛けた所で、視線を大仰に逸らさなくても良い布地を
発見し、俺はホッとしたようなはぐらかされたような、不思議な感覚で
頭を抱えてしまった。

「なんで水着なんか着込んでるんだ…」

思わず、体育(プール)の時間が待ち遠しい小学生かお前は、と口走りそうになりつつも
そう言わずに済んだ最大の要因が、ハルヒの水着姿が眩しすぎたからだ、という事は
反語表現で二十三重に否定した後、丁重に心の奥底に仕舞い込んでおく。
 競泳水着とおぼしき、光沢を放つ黒い水着のまま、ハルヒは例のアヒル口を見せた。

「なんでこの格好の意味がワカンナイのよっ」

 いや、まったくもって完全に解りかねる。室内で水着の意味を答えろと言われても…
グラビア撮影でもするつもりか?

「よ・く・見・な・さ・い!」

 団長と書かれた三角錐が揺れ、机の上にハルヒの足が踏み出された。
得意げな顔でガッツポーズするハルヒの腕には、バレー選手が使うようなサポーターが
巻かれている。机を踏みにじる足元は、普段通学で使うような靴でなく、ブーツ、というか
ボクサーやレスラーが使う、編み上げシューズを履いていた。つか、何時からそんなシューズ
履いてたんだ?まさか登校時からじゃないだろうな。それにしても、だ。
 察しが悪い俺にも流石に解った…。野球に続いて、今度はプロレスごっこやりたいのか、ハルヒ。
軽やかに机上へと飛び上がると、ハルヒは腰に手を当て胸を張る。

「どうして思い付かなかったのかしら。格闘技なら合法的に勝負する事が出来るじゃない!」

 …誰とだ。まさか、大音量のパワーホール(長州小力が登場する時掛かるアレだ)と共に
生徒会室へとのり込むつもりか。大体、プロレスは格闘技じゃない…と言い切ろうとして
寸でのところで思い止まる。まあ、何と言うかだ、テンション上がりまくった団長様には
「プロレス=体を張った大河ドラマ」なんて説明は酷な宣告だろう。
 俺だって何となく“そうじゃないか?”と思っていた所に、“そうなんですよ”と納得させられる
話を読み、納得と共に「プロレス≠総てガチ」の数式を微妙に信じたくない思いが残ったからな。
 何より、先程から俺の対面で、モノローグ表現すればかなりの長文に成りそうな
“意図を込めた微苦笑”を浮かべた副団長殿がコッチを見詰めている以上、状況を
理解している俺は、空高く舞い上がってコントロール不能なジェット戦闘機を
火急的速やか、かつ“安全”に軟着陸させるべく、一定の努力を見せなければ成らない。
…代ってくれるなら いつでも譲渡するぞ、こんな立場。

「思い付くのは良いんだがな…」

 先ずはハルヒの闘魂、そいつの矛先が何処に向いているかを確かめねばなるまい。
朝比奈さんに向いているなら、最大限それを阻止しないと。愛らしいあのお方の
柔肌に傷でも付いたら大変だからな。

「いったい、いつ、ドコの、誰と、勝負する気だ、涼宮」
「ハァッ?何言ってるのよ」

ため息混じりな俺の声を聞いたハルヒは、心底憐れんだ視線にヤマアラシ並の刺を
ブレンドさせて俺の方へ向き直った。

「最強の存在がココに誕生した以上、その首を狙ってチャレンジャーが殺到する事くらい
わかんないの?」

 もはや「最強の存在」が誰を指すか、一々尋ねる気もおきん。少なくとも
朝比奈さんや長門、古泉、ましてや俺でもない事だけは確認するまでも無い。
成層圏抜ける勢いですっ飛んでいく“ブレーキの壊れたジェット戦闘機”に
せめてサイドブレーキ(ジェット機に無い事ぐらい、いかな俺でも解ってるぞ)
位、効かないものかと、俺は精一杯の常識論を展開する。
プロレス部なんて部活動が、高校に存在する訳が無かろう。大体、レスリング部だって
有るかどうか怪しいもんだぞ。

「別に大学のサークルでも、アマレスでも、どっかの女子プロ団体が殴り込んで来てもいいのよ。
王者は誰の挑戦でも受けるの。その上でそいつらを返り討ちにすれば、当然SOS団の存在が
天下に鳴り響く事に成るじゃ…」

 “タァーンッ タッタッ タァーンタター タァーン タッ タタタ-ンッ♪ ジャカジャジャンッ♪”

 ハルヒの言葉を遮るように、携帯の着メロが鳴り響いた。持ち主は多少慌てた様子で
(それでも傍目には物腰柔らかな動きな辺りが、癪に障るね)携帯を取り出す。

「申し訳有りません。マナーモードするのを忘れていたようで」

 古泉は、すまなそうな笑顔を浮かべながら席を立った。ハルヒに一礼すると
微妙な再現度の「新世界」第三楽章をBGMに、部室から退出していく。 
 去り際、一瞬目が合った。俺の視線に意味を感じ取ったらしい古泉は、さっきとは違う
意味の苦笑を浮かべている。言っとくが、別に含みを持たせたわけじゃないぞ。
あまりにタイミングが良過ぎたんで、まさか、そう思っただけさ。
だが、こういう時の「まさか」は、必ず正鵠を射る結果と成ってしまうのが何ともはや。
いつも通りというかなんというか…。
 どっかのクイズ番組宜しく、奴の視線は「正解!」というニュアンスを伝えていた。
毎度の事ながら、やれやれだ。

「アンタも出なさい!みくるちゃんが着替えるんだからっ」
「ふえっ!?」

 毎度の事ながら、御愁傷様です朝比奈さん。未だ熱い緑茶の入った湯のみを縁だけ持って
廊下へと出た俺の鼻先で、部室のドアが音高く閉められる。途切れ途切れに聞こえる朝比奈さんの
愛らしい悲鳴を、俺は熱い御茶に集中する事で極力意識しないようにした。

  ***** 2 *****

 結局、中座した古泉が戻り、長門がいつも通りに本を閉じるまで
文芸部室は、にわか運動部もしくは女子プロ団体の道場並に喧しい
状態が続いた。ハルヒは朝比奈さんにまとわり付くように簡単な
プロレス技モドキを次々掛け続け、その間、“ひゃぁ”とか“きゃうっ”とか
可愛らしい悲鳴が木霊する。
 勿論、どこぞの国連より余程問題意識と騎士道精神溢れる俺は
その度に止め様とするのだが。

「何よっキョンッ スパーリングよスパーリング、邪魔しないで」

…のだが、当事者たるハルヒは、始めて猫じゃらしと対面し
興奮した猫のように朝比奈さんから離れない。

「違う違う!コブラツイストはこうよっ…多分」
「えーと…こお、ですかぁ?」
「こ・う・よっ!」
「ひえぇぇぇ」

 ハルヒにしては珍しく一応、手加減している、且つ驚いた事に
「あの」朝比奈さんが曲がりなりにも「あの」ハルヒに弱々しくも
反撃している(それでもボール支配率で言うなら割合は2:8位
だったが)のでこちらとしては実力排除に及び難い。
 というか、左右に赤いストライプが入った白い水着の朝比奈さんが
透き通ったもち肌を薄っすら紅色に染めつつ耐える姿を拝謁して
その胸元を強調するコブラツイストを中止するべく停戦動議を採択
するのは、個人的な騎士道精神云々よりもっと大局に立った物の見方を
した場合愚挙であると言わざるを得ないって何を語ってるんだろうね俺は。

 付合いが良いと言うべきか、されるがままと言うべきか、以前より
色味の強い緑色の水着+リングシューズ(ハルヒの奴、ワザワザ三人分用意
してやがった)を着て、窓際に座った長門が、普段より1デシベル程高い音で
本を閉じてくれた御陰で、にわかスパーリング大会はようやく終局を迎えた。
タイミングが良いと言うべきか、今まで何してやがったんだコンチクショウ
もしかして隠れて待ってたんじゃないだろうな、というタイミングで古泉も
部室に戻ってくる。

「遅くなりました。おや、丁度練習終了の時間ですか?」

 白々しいくらいに爽やかな笑みで御疲れ様です等とハルヒに抜かしつつ、
明らかに含みが有る目で俺を見るな。

「いや、実は帰りに本屋で探したい本が有るんですよ。一人で行くのも
何ですし、ご一緒願えないかと。出来れば、長門さんにも」

 そそくさと、投げ出したままだったTRPGのキャラシートや
サプリメント(台本みたいなもんだ)を片付けつつ、
書店の配列に詳しい方が一緒だと心強いなんて言う古泉の目は、
明らかに別の意図を語っていた。巻き込むなと言いたいが、どうせ
その内容は必ず俺を絡めとっていくんだろう?

「お願いしますよ」

 にやけた面の男にそう言われても嬉しくないね。
女性陣の着替えを待つべく廊下に叩き出された時に、小声で理由を
聞いてみたが、まぁ、詳しくは喫茶店でお話しますよとはぐらかされた。
 今更もったいぶるなと言いそうになったが、そうか、長門も参加要請
されてたんだったな。説明の二度手間を省くという意味も有るんだろう。

「さっ、帰りましょうっ!規則正しい栄養補給と休息も王者のつとめよっ」

ハルヒが豪快に扉を跳ね開けた。流石に、リングシューズは履き替えたらしい。

「おっなか空いたわ〜。使ったカロリー分、今日はしっかり食べなきゃ」

長い坂を下だり駅前へ続く道すがらも、ハルヒは朝比奈さんへプロレスの
ルールや技の説明を熱心に続けていた。
暗記に必死で上目遣いになり、時折つまずきそうに成る朝比奈さんを
オレはハラハラしながら見守る。古泉は長門の横でひそひそ話しているし、
2−1−2のポジションに成ってしまった以上、やれる事は殆ど無いしな。
無論、朝比奈さんが転びそうになったらすかさず手を差し伸べるつもりだったのだが、
幸いというか残念というか、全員が解散するいつもの駅前まで無事にたどり着いた。

 何時もより多少は遅い時間だが、夕日未満の太陽は未だ元気に照り付けている。
駅前の人通りもまばらで、以前何かで聞いたサマータイムとかいう海外ルールを
何となく思い出した。

「それじゃアンタ達、目的の本見付けたら、道草せずにさっさと帰んなさいよ」

 小学校の引率の先生よろしく、ハルヒの奴は噛んで含めるように言ってよこす。
嫌味の一つも投げ返したいところだったが、この後の事を考え、安全かつ何時もと
変らない反応の中でもっともベターなヒトコトを言っておく。

「はいはい…」
「何よ、解ってんならハイは一つで良いわよっ」

 微妙に食い付いて来たハルヒを、古泉がにこやかに押し流した。

「いや、今日は御疲れ様でした。また明日お会いしましょう」
「キョン君、バイバイ」

 タイミングを計っていたように、朝比奈さんが小さく手を振る。
それを見たハルヒが、朝比奈さんの頭にヘッドロックを掛けつつ、踵を返した。

「行 く わ よ みくるちゃんっ! んじゃ、古泉君、有希、また明日ねっ」

先程と変らない口調で朝比奈さんを小脇に抱えたハルヒは、こちらへ投げやりに
手を振ると、改札口をくぐって行く。
何故か取り残されたような感じを受けつつ、俺は古泉と長門へ向き直った。

「さて、探し物について教えてもらおうか?」
「では、いつもの所に…」

 古泉はいつもより3割減の笑顔をこちらに向けながら、すっかり行き付けと成った
駅前の喫茶店の方を指し示す。15歩程離れた歩道のど真ん中に黙然と佇んでいた
長門も、音も無く歩き出した。

 もうすぐ夕方だというのに、例の喫茶店はスカスカだった。
空いているというのに窓際の一番端の席に通された件に付いて、俺自身は様々な
憶測を巡らせたのだが、まぁ、それは被害妄想というやつだろう。
見慣れたメニューの中から、俺は期間限定のブレンドコーヒー(豆が違うんだそうだ。
どう違うかは直接確かめに行ってくれ)を選び、古泉はクリームティーを注文する。
長門は何時も通り、熱心にメニュー上を往復し、熟考の末モカフロスティを選んだ。

 ウエイターが注文待ちから漸く開放された後、俺は本題に入った。

「で、何が起こったんだ?」

 古泉は一瞬、考えるそぶりを見せた後、長門の方に目を向ける。
正面の壁を見詰めていた長門は、古泉の視線に気付くと、古泉には
目もくれず俺を見据えてきた。何なんだ?

「この件は、直接見て頂いた方が早いですね。長門さん、宜しければ…」

「?!」

 ひょいっという感じで、長門は思い切り制服をめくった。ハルヒの時と同じで
俺は一瞬、声が出掛かる。制服は胸の上までたくし上げられ、
文芸部室で長門が着ていた緑色の水着がそのまま露出していた。ぴっちりした
布地越しに御椀のような胸と、しなやかだがしっかりした腹筋が見て取れる。
なんなんだ、ハルヒの真似でもやりたかったのか?何はともあれ腹を隠せ。
色々な意味で視線に困るだろうが。

「違う」

めくった姿勢を巻き戻すように、長門は全く同じタイミングで手を戻した。
ん?違うって、何が違うんだ?

「貴方はもう少し観察眼が有ると思ったのですが」

古泉の微苦笑が癪に障る。観察眼が無くて悪かったな。

「長門さんを見て、何も思いませんか?」
長門がどうしたってんだ?相も変らぬ仏頂面に、説明不足な一言。
何時も通りメニューをためつすがめつしてたし…。

「どう言ったら良いんでしょうね。もっと具体的…そう、肉体的にどうですか?」
「肉体的?」

 俺は思ったね、コイツも遂に本音を曝け出す時が来たのかと。
緑色の水着がそれほど奴のフェティズムを刺激したとは思わなんだ。
それとも、何気に自己主張している胸がポイントだったか?
其処まで思い巡らした時、俺は唐突に何かにつまずいた気がした。

「…ん?」
「ようやく思い至って頂けたようですね」

 俺はまじまじと長門を見る。それまで気付かなかったが、長門は俺の方を
じっと見詰めていた。視線を避けるように、テーブルの上、見える範囲を
凝視する。

 …何か違和感を感じた。
夏合宿の時プライベートビーチで見た長門は、もっとスレンダーというか
華奢というか、何処か壊れてしまいそうな印象だったんじゃないか?
が、今、その全身から感じるのは、健康そうなアクティブ・スポーツ少女の
イメージを感じる。個人的には思い出したくも無いが、あの、朝倉に近い。
何より“盆地以上・お椀未満”だった胸が、“お椀以上・房未満”に
成っているのは、目の錯覚でも光のイタズラでもない、紛れも無い
真実として、その場に存在していた。

「正直言いますが。僕は長門さんからつい先程聞かされて、初めて
“そうだった”と認識したんです」

 ただ、貴方なら気付いていてもおかしく無いと思ったんですが、と
古泉は続けた。

「…何時からなんだ?」
「三時間三四分一七秒前、この変化は起こった」

 原因は聞くまでもないな。説明するなら、可能な限り解り易く説明してくれ。
一瞬、長門は口を閉じると、俺を見据えたまま再び語り出す。

「涼宮ハルヒ、朝比奈みくる、私、三人の筋量・脂肪・体重が一定量増加した。
朝比奈みくるについては、精神面での微細な変化も認められる」
「具体的に、それは何を意味するんだ?」
「特定のスポーツ、競技への肉体特化と認識される」
「ジャンルは?」
「筋肉の発達部位、特定個所への脂肪増加から考えて…」
「単純に言ってくれ」
「プロレス」

…やれやれだ。

「面白いのは、彼女なら普段のまま、怪我をさせずにプロレスする事も
させる事も可能なのに、きちんと鍛えた肉体を保持する事を選んだ点です。
有る意味、涼宮さんらしい。実際にプロレスをするならば、身体を守る為に
一定量の脂肪は必要ですし、その重量を持ち上げる為には筋肉も必要と成る。
朝比奈みくるに関しては、更にあの性格を改善する必要が生じた、と」

古泉はなめらかに説明を続ける。

「ポイントは、その変化を僕も含め他者が認知していない、という事なんですよ。
涼宮さんは自分達の肉体上の変化を、自身も含めて知られたく
無かったんでしょうね」

涼宮さんも正真正銘、立派な乙女という事ですよ、等と、古泉は余計な所見を
付け加える。良く言うぜ。確かお前さんが以前語った推定によれば、ハルヒの
ヤツが引き起こす厄介事で“現実世界”において想定できない事柄に関しては、
必ず“この世界の常識”でなんらかの説明が付くように成っているって
言ってただろう。今回もそう言う事だ。SOS団女性団員全員、元々肉体的に
強靭で、いきなりプロレスごっこ(というにはかなり本格的な訳だが)
しても全然問題無かったんですよって訳だ。

「そういう風に受け取りたいのでしたら、そういう事で」

古泉が話し終わる頃、注文したコーヒーがようやく運ばれて来た。
一息入れるように、それぞれ頼んだ品に口をつける。
適温の黒い液体が、何時もと変らぬ苦味を舌に絡ませつつ喉をすべった。
何と言うか、普段のブレンドと変わり無い感じがするのは、俺の舌が
肥えてない証拠かね。

「話は大体解った。で、お前が呼び出された電話は、それにどう繋がるんだ?」

 クリームティーを優雅にかき混ぜながら、古泉の顔がやや真剣な物に成った。

「多少、いや、かなり厄介な状態が起こりました」

俺は思わず古泉に向けた視線を長門へ移す。
長門は、モカフロスティのグラスにトッピングされているバニラアイスを
熱心に頬張っていた。古泉も、合わせたように視線をたっぷりとしたクリーム
の渦へと向ける。

「組織内に少数派が居る事は以前お話したと思いますが、これが動き出しました」

少数派は抑え込むって話じゃ無かったのか?

「ウチの少数派だけなら、何とでも。問題は、別の少数派と組んで動いている、と
言う事です」

怪訝そうな顔に成ったんだろう。俺の顔を見た小泉は、クリームティーを口に
含みつつ、ごく抑え目に言い放った。

「長門さんの組織ですよ」

 古泉が話す間も、長門はシャーベット状のコーヒーを飲んでいる。
古泉は一瞬長門を見た後、改めて話を続けた。

「涼宮さんへのアクティブなアプローチは、どちらの少数派も望むところ
だったんでしょう。一方は涼宮さんにプレッシャーを掛ける事で得られる
データ、もう一方は涼宮ハルヒ=神説を否定する為の材料、これを得る為に
利害関係が一致した、と。双方、利用する対象を、自己組織の主流派説得の
材料に使ったようですね。ウチの上層部も、情報統合思念体を引き合いに
出されては、渋々ながらも了承せざるを得なかったようで」

「で、どう仕掛けてくるんだ?」

 古泉は苦笑をひらめかせる。

「プロレス、だそうですよ。其処の女子校から、試合申し込みの形で来たそうです。
実は、先程の電話はウチの生徒会長からでして。こんな申し込みが来たから、
何とかしろと。慌てて上層部に状況確認の連絡を入れたり、
こちらでコントロールできる範囲に最大限収めるべく、会長に先生方と
折衝して貰ったり、いやはや、密度の高い放課後でしたよ」

 肩を竦めながら、クリームティーのカップを受け皿に戻した。

「さて、ココで問題です。一体、この事象は何処が初動なんでしょう?」
「初動?」
「涼宮さんが、プロレスごっこをしたいと願ったから、一連の事象が
始まったのか? それとも、一連の事象が起こる事を認識した涼宮さんが
無意識の内にプロレスごっこを選択する事で、事態の矮小化を選んだのか?」

そんな事、俺に解るか。大体、どっちでも変わり無いだろう?

「そうでも有りません。少なくとも、この件の推移によっては深刻な状態に
なる可能性は否定できない。涼宮さんがこの件、−要はプロレスごっこですが−
に付いて“勝利”を求めている場合、当然相手はその反対、
涼宮さんを敗北させるべく全力を注ぐ結果と成るでしょう。
かといって、こちらは手心、もしくは手管を使う事は出来ない。
時間的な問題も有りますが、なにより涼宮さんが望んでいるのは、彼女自身の力による
勝利なのでしょうから」

 こちらとしては手の打ちようが無いんですよ、そう言って
古泉はクリームティーの残りを一気に飲み干した。
 俺は、冷めてしまって苦味と酸味ばかり強く感じるコーヒーのカップを
持て余しながら、もう一方の当事者、長門を見る。長門は既にモカフロスティを
飲み干していた。

「情報統合思念体の現状、及び意向は、今の私には確かめようが、無い」

いつもの、無表情な長門の瞳に、俺は決意のようなものを感じた。

「私は、現状を維持する為、最大限涼宮ハルヒを守る」

 来るべきSOS団対組織連合軍のプロレス対決がどうなるのか、
俺には全く予測も付かないが、長門の一言は、少なくとも俺にとっての
安定剤と成ってくれる。一応、古泉のヤツも条件付で安定剤に成らなくも無い。

 で、俺には何が出来るのかって?俺に出来る事は些細なモンさ。
その日の喫茶店の払いも、いつも通り俺が払う、それだけだ。

   ***** 3 *****

 事が決ってからの展開は、いつも通りというかドコの都合だよというべきか
急ピッチで進んでいった。試合は次の日曜日、会場はウチの体育館。
その日は運動部、文化部双方とも“偶々”部活が休みに成っており、施設を使う上で
都合が良かったそうだ。相変わらずというか、少々露骨過ぎやしないかね?

「いえいえ、偶然の産物ですよ」

 すました顔で答える古泉を、潜水艦が急速潜航する秒数分睨みつけてやった後、俺は
自分の仕事に戻った。大体、残された一週間弱のうちに、やらなきゃ成らない事が多過ぎる。
 先ずはハルヒに、まともなプロレスのルールと技を教えなきゃならなかった。
コイツ、プロレスをまともに見た事は殆ど無く(オヤジさんに連れられて“親日”だか“前日”
だかの試合を見にいった、と抜かしやがった)TVで見た印象で総て語っていたらしい。
そんな状態でも、朝比奈さんに堂々とルール説明出来る辺りが、ハルヒのハルヒたる所以なのだが、
かといって勘違いされたままリングに上がって、アッサリ反則負けされても困るしな。
 古泉に言って生徒会経由で今回の基本ルールを確認してもらい、それをハルヒに噛み砕いて
伝えた訳だが―――

「なによ、反則って好き放題やって良いんじゃないの?」
「違う、レフリーが反則カウント5つ以上数えたら、その時点で反則負けが宣告される」
「このビデオじゃ明らかに5つ以上数えられてる筈なのに、なんで4つで止めて一から数え直すわけ?」

 スポーツ競技的な視点でプロレスを見ているハルヒに、俺がプロレスの何たるかを説明するのは
困難を極めた。やる気満々なコイツに、「アレはショー、見世物であって、真剣勝負ではない」的な
発言をしてみろ。古泉のバイトに時間外手当てが付きまくる事だけは、予知能力が無い俺でも
正確に予言できるね。というか、ごく普通の高校生が、したり顔で大上段に斬り込む話じゃないぞ本来。
 結局、俺は苦し紛れな一言を捻り出した。

「ふーん。観客、お客さんに見せる行為を優先するっていうの?」
「プロで有る以上、お金を払って来た客を満足させるのは仕事として当然だろ」
「私はギャラを貰う積り無いけど…プロレスがそういう物なら、従わなくちゃね」

「魅せる」の意味をハルヒの奴が正確に理解出来たかはさて置き、この一言が
アッサリ状況を好転させてくれるんだから人間、灰色の脳細胞は使ってみるもんだ。
 納得したハルヒに、国木田から借りてきた様々なプロレスの試合ビデオを見せ、技はどう掛ける
のかを俺が理解できている範囲でレクチャーする。
この前見てたが、コブラツイストは絞める技じゃなくて、捻る技だと思うぞハルヒ。
 それにしても、国木田は良くコレだけ試合ビデオを持ってたモンだ。初代タイガーのビデオとか有るし。
…タイガーマスクって何人も居たのか、知らなかったな。ブッチャーって、俺が子供の頃から居たような
気がするが、一体、何年リングに上がってるんだ?…む、この試合は大昔見た事が有る気がする。
タッグ戦で負けたチャンピオンがベルトを掛けて翌週戦ったんだっけ。
確か、見事リベンジしたとか何とか、野球用語のニックネームが付いたアナウンサーが絶叫してたな。
 等と、一緒に見ている俺がどうでも良い事を考えてる間にも、
ハルヒのヤツはフンフンと頷きながら、熱心に試合のビデオを消化していく。

「大体解ったわ。みくるちゃん、ちょっとこっち来て」
「ふえっ?」

 ビクッと成った朝比奈さんに、俺はハルヒの後ろから両手を合わせて頭を下げた。
スイマセン、今の貴方ならハルヒの傍若無人に何とか耐えられると思うんです。
本来ならコイツの暴虐を全力で阻止に掛かる所ですが、今回は付き合ってやって下さい。
俺のボディランゲージを汲み取ってくれたのかどうか、朝比奈さんはビクビクしながらも
言われた通りにハルヒの側に近寄った。

「ふんっ!」
「ひょえぇぇぇっ」

 素っ頓狂な朝比奈さんの悲鳴と共に、ハルヒは見事なコブラツイストを極めて見せた。
絡めた腕は朝比奈さんの肩口を極め上げ、躍動する全身がくびれた腰を綺麗に捻り込んでいる。
 解ったハルヒ、お前の理解力は大したモンだから、一々技を試さなくても十分実戦で使えるぞ。

「当たり前じゃない。こんなのお茶の子サイサイよっ」

 するりと技を解くと、ハルヒは自慢げに胸を張った。朝比奈さんも涙目には成っているものの
肉体変化の御陰か、後を引くダメージは無いようだ。アレだけ完璧に極まった技で、ダメージ無しか。
これなら、ハルヒがスパーリングだなんだと朝比奈さんに無理難題を押しつけても、ハラハラせずに
済みそうだな。

「涼宮さんは万全みたいですね」

 俺が自分の精神衛生上の平穏を確認していると、古泉が微笑を浮かべつつ向いの指定席に
座り込む。所用だとか、生徒会との連絡がどうとか言って出掛けていたのだが、戻ってくる早々
なんだ、その微妙な笑顔は。

「…」

またか。長門ばりの無言でこちらを見詰めるな。解ったから。

 きゃぁっ ひゃうっ という、技を掛け合うハルヒと朝比奈さんの声を背に、ジュースを買ってくる云々と
曖昧に口を濁しながら俺と古泉は部室を出た。林立する自販機通りで古泉はコーヒーを二つ買うと
食堂の野外テーブルまで、互いに口を開かず黙々と歩く。それにしても、密談をする時は毎回ココか。
芸の無いこったな。

「スイマセン、一番部室に近く、一番他者の介入を防ぎ易い所ですから」

 古泉はいつもの微笑を浮かべなから、砂糖ミルク有りのホットコーヒーが入った紙コップを差し出す。
湯気が立つカップをテーブルに置きながら、そういや俺が奢ってもらえるのはココだけじゃないか?等と
どうでもいい事が頭に浮かんだ。古泉は熱いコーヒーを優雅に冷ましながら、一口、口をつける。

「状況は大体、想定範囲内で推移しているようです」
「回りくどく言うな。要点部分だけ先に言え」

「問題は相変わらず一つだけです。現状、我々は相手が取って来るであろう手段に対抗する術が
無い。その状況で、涼宮さんが閉鎖空間を発生させないよう、手を打たねば成らない」
「しかし、今回の件も涼宮が望んだ状況だ。大筋アイツが望む方向にいくだろう?」

「野球大会その他もろもろのイベントをお忘れですか?彼女自身は、自分の願望通りに事が運ぶとは
思ってないんですよ。更に今回は、明確な障害が存在します」
「障害つったって、涼宮はバカ力だけじゃなく、運動神経もかなりなもんだ。その上、誰も知らない内に
パワーアップしてるときてる。本物の格闘家やらなんやらが来ない限り、そうそう負けるとは思えんが」

 俺は一息入れるべくコーヒーを口に運ぼうとして、予想以上に熱々な事に気付く。
吹き冷ましている俺に、コーヒーを軽く口にした古泉は(熱くないのかね?)やや深刻な声を掛けた。

「言い方を変えましょうか。涼宮さんが勝つにしろ負けるにしろ、その結果は恐らく、涼宮さんが望む
状況に成り得ない、イコール僕達の願う状況にも成り得ない、という事です」

 安物っぽいミルクコーヒー風味が唇で熱く跳ね返った。熱さより、状況云々の内容が気に掛かる。
不審げな俺の顔を見て、古泉は説明の足らない部分を補った。

「彼等少数派は、この状況を最大限生かしたいと思っています。同時に、必ず成果を上げなければ
成らない。今回、プロレスというスポーツとショーの境界線に有るモノが選ばれたのは
一定のルールが存在する場合、涼宮ハルヒはそのルール内で行動する、という
これまでの観察結果を鑑みての事でしょう」

 軽くやけどしたのか、ヒリヒリする唇を舐めつつ、俺は自分の頭の中を整理した。
つまりはこういう事か。ヤツ等がハルヒに負ける場合、ハルヒが不満を持つ勝ち方
―例えば、ハルヒを一方的に凶器攻撃した上で、反則負け裁定を受ける― をする。
逆に、勝つ場合は、ハルヒのプライドを徹底的に破壊するような、圧倒的、一方的な勝ち方を収める、と。

「その通りです」

古泉は俺を賞賛するように、手にした紙コップを掲げてみせた。こんな想定が当っても別に嬉しくないね。
なにより、男に誉められても全く嬉しくないぞ。

「それは残念。さて、貴方の感情はさて置くとして、貴方には状況を好転させるべく、行動して頂かなければ
ならないんですよ」
「行動する、というと?」

「つまり、勝っても負けても涼宮さんが満足するパターン、閉鎖空間を発生させない状況を
作っておかなければ成らない。ココまでは同意頂けると思いますが?」

お前さんがバイトでてんてこ舞いする状況というのは、其れなりに面白そうでは有るな。

「出来れば、遠慮したいですね」

本気で肩を竦めるな。俺だってあの空間にもう一度放り込まれるのは御免被る。

「なら、お互いの平穏の為に、涼宮さんがそういった状況に陥らないよう、手段を講じて下さい」

 どこぞのとんち坊主に無理難題を吹っかける将軍様並みの無茶を言うな。
勝っても負けてもアイツが納得する状況を作るとか無理に決っているだろう。
毎回、出来の悪いシミュレーションゲームみたく、特定勝利条件「涼宮ハルヒの安定」
を押しつけんな。

 古泉はカップに残ったコーヒーを一気に飲み干すと、さっきより一段と深刻そうに肩を竦めた。

「僕が出来るなら、やってますよ。生憎、特定勝利条件を満たせるのは貴方だけなんです」

苦笑いと共に、空になった紙コップを放り投げる。紙製・リサイクルと書かれた砲弾は狙いを外さず、
ごみ箱の中で乾いた軽い音を響かせた。

「満たせるも何も、手の打ちようが無いと言ったのはお前だ。である以上、一般人の俺に打てる方策が
有るとはおもえん」
「其処を何とか考えて下さい。時間は、有限ではありますが残されています」

 俺はようやく飲み頃に成ったコーヒーを苦さとは別の意味で、苦い顔のまま飲み干した。

 文芸部室に戻ると、丁度、ハルヒと朝比奈さんのスパーリングが終ったところだった。

「あ、お帰りなさい。今、お茶を淹れますね」
「ふーっ、充実充実。みくるちゃん、熱いのお願いねっ」

 満足げな表情で汗を拭っているハルヒと、着替えもソコソコにお茶を淹れるべく茶筒を取り出す
朝比奈さん。窓際には相変わらず分厚い本を読みふける長門有希。この平穏無事な日常を
守るべく、俺は矛盾の見本のような難題に取り組まなければ成らない訳だ。
取りあえずは朝比奈さんの甘露で口直ししよう。難問に取り組むとしても、良い知恵を出すには
一息入れてからがよさそうだ。 きしむ椅子に座り込む俺の目の前で、何かを思いついた風な
古泉が声を上げた。

「そうそう、生徒会から試合形式について通達が有ったのを失念していました」
「試合形式?」

 半瞬、きょとんとしたハルヒが、目を輝かせる。

「何なに、どんな形式?金網デスマッチ?それともチェーンデスマッチ!?やっぱ正面きっての
ぶつかり合いが美味しいシチュエーションよねっ」

 どうしてお前はそんなに過激なんだろうね。というか、国木田から借りた試合ビデオにそういった
形式の試合が有ったか?思わずツッコミそうに成った俺を尻目に、古泉はすまなそうな声を上げた。

「残念ながら、そういった形式じゃないですね。タッグマッチ、だそうですよ」
「たっぐまっちぃ?」

 朝比奈さんが俺の前に湯呑を置きつつ、小首をかしげた。ハルヒは、露骨に不満げな顔をする。

「タッグだと、タッチしたりなんだり面倒そうなのよねー。あたし一人でバッサバッサやっつけてく方が
面倒が無くて良いんだけど」
「あのぉ、もしかして二人出場する事に成るんですか?」
「そうなるわね、あたしは当然として、みくるちゃんも出場する事に成るわ」
「えぇぇぇ」

 この状態で、潤んだ瞳に困った表情の朝比奈さんはとてつもなく可愛らしいな等と思っちゃってる俺は
色々な意味で問題ありかもしれんな。しかしコレは困った事態だ。朝比奈さんはドコまでいっても
朝比奈さんであり、「ハルヒ補正」が掛けられているとしても、リング上での戦いに耐えられるかどうか。
というか、そういう重要な事はさっさと言っとけ古泉。

「むしろ、事態は好転するかもしれませんよ」

いつもの微笑を浮かべた古泉の視線は窓際に向いていた。俺が視線を向けた先で、小さな音と
共に、分厚いハードカバーの本が閉じられる。緑の水着を着た長門は音も無く立ち上がると、
ハルヒの前に滑り出た。

「何、有希、出たいの?」
「私が、出た方がいい」
「ふうん、ま、アンタなら何でもこなせるから、大丈夫ね」

 明らかにホッとした表情の朝比奈さん。懸案が何もかも解決したような表情で、腰に手を当て
お茶をぐい飲みするハルヒ。俺はといえば、指定席の窓際に戻り再びハードカバーを開こうとした
長門に最大の疑問をぶつけざるを得ない。

「長門」
「…何?」
「お前、プロレスのルールって解ってるのか?」
「問題無い」
「?」
「後で、検索する」

 そういうと、長門の瞳が微妙に動き、SOS団のコンピューターへ据えられる。コンピ研での
出張部活で、地球の未熟なネットワークの適切な使い方を把握したようだ。
 いや検索も良いが、折角俺が借りてきた試合ビデオを見る手も有るぞ。
幸い、タッグの試合も有ったし。そう言い掛け、俺の脳みそ内で何かが弾けた気がした。

 突然黙り込んだ俺を気にする事無く、長門は読書を再開する。俺は真っ暗闇の中でか細く、
だが確実に輝く松明の明かりを見失わないよう、脳みそ内を(長門の検索力程では無いにしろ)全力で
検索した。

「キョン、どうかしたの?」

 長門の横で立ち竦んだように成っている俺に気付き、ハルヒが不審げな声を上げる。
そうか、それなら―

「ちょっと聞いてるのっ」

 俺はお構いなしに、ハルヒに向き直った。

「おい涼宮、言い忘れてたんだが…」

 俺の説明を、ハルヒはきょとんとした顔で聞き、例のアヒル口で幾度か質問を繰り返すと、ようやく
納得した表情に成る。拙い説明だったが、何とか伝わったようだな。どうやら、将軍様の無理難題を
何とか解決できたようだ。

 こうして、俺達SOS団は、情報統合思念体+組織(の少数派)連合との試合当日を迎える事に成る。
俺が出来る事はやった。後は、やる気満々のハルヒと、長門に総て任せるだけだ。

「いくぞーっ」

 臨時控え室と成った体育倉庫内にハルヒの気合と、両手で頬を叩く音が響く。
黒い競泳水着を整えると、ハルヒは全員を見渡した。

「さぁ、誰が最強か、ハッキリ解らせにいくわよっ」

 肩で風を切って、颯爽と歩み出す。黙然と長門が続き、アイシングやタオルを入れたバケツを持った
メイド服姿の朝比奈さんが慌てて後を追う。俺と古泉は間を開けるように、ワンテンポ遅れて
光で満たされた体育館へと踏み出していった。

*****4*****

 正直、俺は、リングなんてものを間近で見た事は一度も無く、そういや、実物を見るのは
今回が初めてだった。 何故に過去形かって?
迂闊にも、その事に思い至ったのは総てが終わってからであり、リングとご対面と成ったその時は
他の事で手一杯だったからだ。
 
 胸元突き合せて黙ったまま睨み合う二人の主役。 いつもと全く変わらない準主役と、状況を
面白がっている準主役。
目の前で、滅多に見ないプロレス中継と全く同じ光景が繰り広げられたら、流石に注目するさ。

 普段、申し訳程度に頭上から降り注ぐぼんやりした照明は、体育館に組まれた櫓からリングを照らす
強烈なカクテル光線で完全に打ち消されていた。リングという見慣れないモノ一つが有るだけで
体育館の印象ががらりと変わって見える。普段と違う感覚に、俺なんかは多少戸惑いを覚えていたのだが
先頭を行くハルヒは、自分本来の居場所に戻ってきたような弾む足取りでリングへ進んでいった。
 入場BGMが掛かってるかの如く、テンポ良く進んでいたハルヒの足がリングを見やった直後、
半テンポずれた。一呼吸分立ち止まると、ずれを修正するように駆け足で
リング上、煌く照明の中へ踊り込む。
勢いそのままに、リング中央へずんずん突き進むと、既に待ち構えていた対戦相手の眼前に仁王立ちした。

「お、おい涼宮っ」 「涼宮さん?」

 俺を含めたSOS団々員は、慌ててリングサイドへ駆け寄る。俺達の問い掛けは無視して、
ハルヒは比喩表現でなく物理的に目と鼻の先な状態の相手に、不自然な笑みで語り掛けた。

「ふーん、アンタが今日の挑戦者って訳ね」

相手も臆した素振りも見せず、大胆過ぎる笑みを浮かべる。

「格上の相手には敬意をはらってよ、チャレンジャーさん?」
「…言うじゃない」

 不敵な笑み、猛獣が笑みを浮かべた、とか、どんな表現でもいいが、口元だけ笑って目が鋭いのは
無茶苦茶怖いな。しかも二人分だ。俺なら、さっさと安全圏に避難するね。それにしても、だ。
 対戦相手、プロレスやってる女子校生っていうから、どんな固太りの(スマン、文系帰宅部一直線だった
俺には、体育会系女子への偏見が有ったようだ)ねーちゃんかと思っていたが、凛とした女の子だったから
ビックリだ。

 背丈はハルヒと同じ位だが、元々鍛えている所為か、体の厚みが微妙に違う。更に朝比奈さんに勝るとも
劣らない立派な胸。グラビアアイドルとして、どこぞの雑誌で表紙を飾っていてもおかしくない位、健康的な
色っぽさが漂っていた。そんなムッチリしたボディを、競泳水着のようなコスチュームで包み込んでいるから
色々な意味で目のやり場に困る。スッキリした顔は、可愛らしいと美しいのせめぎ合いが絶妙なバランスを
とっていた。「凛とした」という形容詞の見本のように、勝気で鋭い印象を与える大きな紺色の瞳。
ハルヒよりも濃い栗色の髪の毛は優雅に長い。そんな流線がワンポイントの赤いリボンで束ねられ、
見事なポニーテールを形作っているから、そりゃぁもう色々な意味でポイントが…。

 と、唐突にレーザービームの突き刺すような視線を感じ、慌てて見やる。ハルヒが、対戦相手に向けていた
鋭い視線を当社比120%増しにしてコッチにむけてやがる。俺は小さく咳払いして誤魔化すと、リング上総てを
観察している風を装った。良く見ると、ウチの体操ジャージを着た喜緑さんが居る。ハルヒと対戦相手を宥め様と
しているのか、いつもの微笑のまま、二人の間で何事かを申し渡していた。もしかして、レフリー役か?
気が付いたら、こちら側コーナーで、黙然と佇んでいる長門。ああ、もちろん長門は何時も通りの滑るような
ペースで歩み、俺達がハルヒのやりとりを注目している内に、するするとリングへ上がっていた(ようだ)。

 そういやタッグマッチだったんだよな。もう一人の相手は…と、視線の先にひょっこりと入り込んできた。
件の凛としたスポーツ少女の横から顔を出し、ハルヒと喜緑さんに挨拶めかした仕草をする。
こちらの視線が自分に向いているのに気付くと、小走りに寄って来た。

 その顔をみた時、俺の胃壁を氷が滑り落ちる。
長門より心持ち高い身長。普段の長門と同じ、メリハリの少ないボディ。ショートヘアは可愛らしいウェーブが
掛かり…ダメだ、思い出すだけで腹に違和感を覚えやがる。兎に角、愛らしく可愛らしい女の子だったさ。
普通ならな。だが、俺の目には“あの”朝倉涼子のイメージが鮮明にダブったんだ。
朝倉の髪の色は蒼み掛かった色だった。この子は赤っぽい。背丈体格何もかも違う。
同一人物だと思えるものは何一つ無いのに、俺がそう思ってしまった原因。
ただ、こちらに向けた笑み、そう、屈託無い微笑みが、あの夕暮の教室で見た笑顔と全く同じだったんだ。
 朝倉の笑みを持つ少女は、たじろく俺を気にする事無く、佇む長門に小声で挨拶する。
そして、エプロンサイドにたむろする俺達全員に、長門にしたのとは違う、ハキハキした声で挨拶した。

「初めまして、浅諏訪良子ですっ。向うの鮎川瞳ちゃん共々、今日は宜しくお願いしますねっ!」
「あ、こちらこそ宜しくお願いします」

慌てて、ぺこりと頭を下げる朝比奈さん。微笑の目礼を返す古泉。俺は、口元が強張った笑みを貼り付けた
顔のまま、小さく頷く事しか出来なかった。

 浅諏訪と名乗った女は挨拶に満足したのか、これ以上無い笑顔でニッコリとお辞儀すると、踵を返そうとする。
振り向きざま俺に目を止めると、ペロリと可愛らしい舌を覗かせそのまま自分のコーナーへ掛け戻った。
軽やかな足音にかき消されるくらい、小さく歌うような声が、俺の耳にははっきり聞こえた。

「てへっ、わかっちゃった?」

 半瞬驚愕した後、長門へと目をやる。長門は黙ったまま俺を見詰ていた。
エプロンサイドに駆け上ると、小声で確かめる。

「どういう事だ?」
「彼女は、朝倉涼子の基礎情報を元に、再構築された別固体」
「俺が誰か解ってたぞ?」
「一次情報を与えられたまま、構築されているだけ。今回、貴方は主目的では無い」
「目的はあくまで涼宮って事か?」
「おそらく」

 長門の説明に多少の落ち着きを取り戻した俺は、怪訝そうな顔の朝比奈さんと、説明が欲しそうな
古泉の微笑に気付き、どうしようもなくわざとらしい咳払いをして、下へ降りた。

 スッと寄って来た古泉は、先程の説明を求める事無く、リングの上を指し示す。

「ようやく、ルールの確認その他が終わったようですよ」
「うん?」

 リング上では、喜緑さんを仲立ちに、とてつもなく力の入った笑顔でハルヒと対戦相手
(鮎川だっけ?)が相手の手を握り潰さんばかりの勢いで握手していた。二、三度シェイクして
互いに振り切るように手を離すと、そのまま自軍コーナーへ
戻ってくる。コーナーポストの前に突っ立った長門に目を向けると、力強い笑顔で宣言した。

「有希、私が先発するわ。任せてっ」
「…そう」

 長門は素直にエプロンサイドへと移動する。ハルヒは開いたスペースに陣取ると、罪の無い
トップロープを鷲掴みにして力任せに引っ張り、ロープを確かめるような素振りを見せた。
つうか、そうとうカッカきてるなコイツ。試合開始を告げるゴングが鳴る寸前、ハルヒが、誰に向ける
でもなく言放った。

「さぁ、ぎったんぎったんにしてやるわよ」

 俺は、そのふてぶてしいまでの笑顔が、自分に向けたものじゃなくて本当に良かったと思ったね。
リング中央では、一人残った喜緑さんがスッと手を挙げて合図を送る。

『カーンッ』

 ボクシングやプロレスの中継で聞いた事のあるゴングが、体育館に鈍く鳴り響いた。
脱兎の如く、っていう表現が合ってるかどうかわからんが、ハルヒは短距離走のロケットスタートの
ような勢いでリング中央へ踊り出す。相手コーナーからも全く同じ勢いで、鮎川瞳嬢が突進してきた。
勢いに乗った弾丸同士がぶつかる間際、一瞬だけ減速するとガシッっという音と共に絡み合う。
首相撲だかロックアップだかいう、プロレス中継で御馴染みの力比べが始まった。
 結構頑丈そうなリングが、ミシッと音を立てる。どんだけ力持ちなんだ、コイツらは。
戦況は全く互角。ウエイトではハルヒの方が不利だと思ったが、例の不思議力のお陰か、元々の
馬鹿力の賜物か、パワー+ウェイトな相手に、力任せのみで互角に対抗してやがる。
 とか思っている内に、ハルヒの方がロープ目掛け、ジリジリ相手を押し始めた。
力のこもった相手の表情に、精一杯押し返している事が伺える。そんな攻防も長くは続かず
結局最後は加速度的にロープ際に押し込まれ、鮎川瞳の背中がロープに触れた。

「ロープです、一旦分かれて下さい」

 どこか場違いに聞こえるおだやかな喜緑レフリーの声が響く。レフリーが割って入る前に、ハルヒが相手の腕を
掴み、反動をつけて反対側のロープへ振った。小気味良い足音が響き、反対のロープで勢いが増した鮎川が
駆け戻ってくる。タイミングを計って駆け出したハルヒがリング中央で思いっきりジャンプした。

「うりゃぁっ」
「ぐっ!?」

 勢いが付いたハルヒの両足が、相手の胸板辺りに炸裂する。鮎川は悲鳴を上げつつ吹き飛ぶように
倒れこんだが、マットの上で綺麗な受身をとった。

「うぁ、痛そう…」
「ほう」

 これ以上無い位見事なドロップキックを事も無げに決めたハルヒを見てSOS団メンバーそれぞれ、違った
感想を漏らす。食らった相手に対して、同情と共感の念を漏らす心優しい朝比奈さん。そうですね、貴方は
ここんとこずっと、あの「ブレーキの壊れたジェット戦闘機」の相手を勤められていたのですから、お察しします。
 長門が無反応なのはいつもの事だし、古泉の反応もいつもの…って、何か言いたげだな、古泉。

「いえ、少し安心したんですよ」

 ?一体、何に対してだ。

「攻め受けが成立しているので、少なくともプロレスのルール上で決着が付きそうだな、と思いまして」

 なるほどね、ようやく合点がいった。少なくともロープに飛ばされて返って来て、相手の技を受ける、という
『プロレスリング』をしっかり行っている以上、今回の仕掛けはそのルール上から逸脱する可能性が低いって事か。

「少なくとも、我々が裏技云々で気を揉む必要は無さそうです。後は精一杯応援する、という事に成りそうですね」

後はリング上のハルヒ、長門次第って事か。その辺は問題無さそうだな。


まだおわんねーYO!…_| ̄|○|||

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そらのかぁなたへぇ〜〜〜〜っ!な方w

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「スモークチーズが賞品なら、めがっさ頑張るニョロ!」

レインボー・ツルヤさんw
増量された部分は、長門っちが色々と(ry

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ハルヒにフェイスクラッシャーを仕掛けるレインボー・ツルヤさんw

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長門、一体何の本を読んでそんな事に?
「流血の魔術師」?…そうか(;´Д`)

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涼宮ハルヒの闘魂

「勝負してやろうじゃないの!…ウチのみくるちゃんがねっ?!」
「えええええええええぇ!?」

という誰もが考えそうなネタw

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で、オトされるハルヒっち

SOS!



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