てな訳で、HP「kaz商会」のCOOLな管理人、kaz様からゴイスーな
イラスト&ストーリーを頂きました。

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当SSコンテンツ「パドドゥ・ウロボロス」に登場した、バンシー・サマラと
「kaz商会」さんのコンテンツ「Nirvana」の
主人公が邂逅する、パラレル・ストーリーで御座います。
故に「Nirvana」、「パドドゥ・ウロボロス」双方を
御覧に成った上で、本作を読まれる事をお薦めします。




風の中に
鉛の匂いがかすかに漂う
そんな夜。

「強くなったわね、あの娘も」

下腹部に残る鈍痛を感じながら金髪の毒蛇が呟く。

「甘いのは相変わらずだけど」

さっきまで喚声に包まれたホールは既に静まり返り
ブーツの足音だけがコンクリートに響き渡る。

地下駐車場。23:00。

来日時にプロモーターが用意した車に向かう。
今回の来日はオーバーステイの期限ギリギリまで残るつもりだ。
彼女の意向でホテルではなく、郊外のコンドミニアムが用意された。

群れるのは、好きじゃない。

コツ、コツ・・・とヒールの音が無機質なコンクリートに響く。

タッグを組んだ事もあった。確かに相性も抜群だった。
でも、やっぱり一人がいい。
生きるも死ぬも、私の自由だ。


車が見えてくる。プロモーターが用意したのは紅いスポーツカー。

“ DODGE・VIPER ”

・・・バイパー。安っぽい洒落。安直すぎる。
でもこうゆうのは、嫌いじゃない。

既に車もまばらな駐車場。紅い派手な車が異彩を放つ。

気付かなかった。車のすぐ傍に近付く迄。
それだけ闇に溶け込んでいた。

“紅い毒蛇”の上には“子猫”が座っていた。

「Hi!PUSSY CAT!(子猫ちゃん!)。そこをどきなさい!
 そこはあなたのお家じゃないのよ!」

赤毛、ポニーテール。
人形のような可憐な顔。
紺色のワンピーススカート。
腹部には大きな十字架の刺繍。
胸元には“D.S"の文字。

―お嬢様学校?

そして闇の中に鋭く光る、眼光。

「こんばんわぁ」

ボンネットの上で、“子猫”が笑う
そして・・・ゆっくりと足を開く。

言葉が出なかった。鈍痛とは違った疼きが体を走る。
胸が激しく脈を打つ。

・・・この動悸は、一体何?


「私 を 食 べ な い ? 金 色 の 毒 蛇 さ ん ?」


―喰われたのはワタシだ。
サマラは思った。




------------------- STEEL KITTEN ----------------------




1.


湾岸道路を西に向かい、郊外の部屋へ向かう。
ロングノーズのフロントから、V10が肉食獣のような雄叫びを上げる。



―――これで終わりだ、素晴らしい友よ
―――これで終わりだ、ただひとりの友よ。
―――僕達の綿密な計画は破れた。すべては終わった。
―――二度と君の瞳を見る事はないだろう。



カーラジオからは、大昔の曲が流れ続けている。

―“ドアーズ”・・・だったかしら?

曲名までは思い出せない。

傍らには、人形のような子猫が呆けたように風に吹かれている。
さっき一瞬だけ見せたナイフのような鋭さは、今は微塵も感じられない。
あの胸の不可解な動悸も、嘘のように消えた。

―ワタシは一体何をしているんだろう?

風に舞う柔らかな赤毛の娘を見ながら、サマラは心で呟いた。
久し振りの高揚感。興奮しているの?私が?
最近忘れていた気持ち。
最後に感じたのは、ベルトを手にした時以来か?


「あなた、名前は?」
「ないしょ」
「それじゃあなたを呼べないでしょ?」
「・・・じゃ、ネココでいいわ」

サマラは吹き出した。

「変な名前。でも気に入ったわ」
「ふふ・・・」

突然ラジオの音楽が途切れた。無機質なアナウンサーの声が割り込んで来る。

『・・・ここで事故の続報です。
 先日起きた、連邦女子士官予備学校で起きた爆発事故。その現場では
 依然として捜索活動が続いています。しかし生存者はいまだ発見されておりません。
 付近では連邦政府による戒厳令が・・・・』

ザーッというノイズが走る。
車の横をトラックが追い抜こうと併走する。

「いいの?追い抜かれちゃうよ」
「・・・オーケイ!」

ギアを一段落とし、アクセルを踏む。

「行くよォー!ネココッ!!」

獣の咆哮。強烈な加速。体がシートに沈む。
瞬く間にトラックがバックミラーの彼方に消えていく。
ラジオからノイズが消えた。
臨時ニュースは終わったらしく、先程の曲の続きが流れ始める。



―――王の為のhighwayを馬に乗って進め
―――highwayを西に向かって進め
―――The west is the best



2.



暗闇の中、二つの舌が絡み合う。
唾液が口の中で混ざり合った。
子猫の舌と毒蛇の舌。
お互いが夢中で貪り合う。


郊外、コンドミニアム。24:30。


背後でドアが閉まる音がした。
明かりは玄関だけ。部屋の中は漆黒。
闇の中。

―この娘・・・上手い。

恍惚となりながら、サマラは思った。

目の前にいるこの娘・・・ネココ。
人形のような可憐な姿。幼さの残る顔。呆けたような表情。
でも、瞳の奥には深い闇が宿っている。
一体どういう経験をすればこんな暗い、淫靡な瞳になるの?

唇が離れる。二人はお互いの額を合わせ、クスッ、っと笑った。

サマラ、そしてネココと名乗る少女はそのままもつれ合い
ベッドに倒れこんだ。
見つめあった後、再びお互いの舌が伸びる。

出合ったばかりなのに、何故こんなにも愛しいのだろう?
サマラは不思議に思った。

でも、もういい。
この娘がどういう素性なのか、どうでもいい。
今日はすべてを忘れよう。
自分がチャンプである事も、消えてしまった仲間たちの事も、
今日の痛みも、この国での孤独も。今夜だけは全て忘れよう。

ただ・・目の前にいるこの娘に、喰われよう。

漆黒の中、二人はベッドに溶けて行く。
ベッドごと暖かい闇の中に、溶けて行く。



3.



それからの一週間は、一ヶ月のようにも
一日のようにも、一瞬のようにも・・・
そうサマラは感じていた。
なにもかも曖昧でいて、それでいて心地良い日々。

もちろん次の試合(カード)に向けてのトレーニングは欠かさなかった。
試合後のダメージを蓄積させないように、ストレッチ中心の
極力ウェイト系を省略したメニュー。
用意されたコンドミニアムは、外見こそくたびれてはいたが
一人でメニューをこなすのには充分な広さを備えていた。

いつもとかわらない、ひとりぼっちのルーチンメニュー。
相変わらず、トレーニングツール以外は何も無い部屋。
ただひとつだけ違っていたのは、傍らに“ネココ”がいた事。

ネココはサマラの私服、だぶだぶのパーカーを羽織って
いつも窓際に座り、佇んでいた。
呆けたような顔。愛くるしい人形のような顔。
赤毛の中に微かに混じるブロンド。
染めているのかも知れない。
部屋に備え付けられたラジオから流れる音を、聞いているのか、いないのか。
無口。微笑。そして、時折流れ出す鼻歌のハミング。

あれは・・・あの夜流れていた曲だ。陰鬱な曲。
ただ彼女の口から流れ出すそのメロディは、不思議とサマラを落ち着かせた。

「何ていう歌?」
「わからない」
「気に入ったの?」
「うん」

夜はお互いの体を激しく重ねる。貪り合う。
ネココはサマラの唇と、その豊満な胸がお気に入りの様だった。
時に激しく、時に優しく、絶妙とも言えるテクニックは
いつもサマラを狂わせた。

「わたしの胸、好き?」

お互いが果てた後、サマラがとろけたように囁く。

「好き」

呆けた顔でネココが呟く。

「ねぇ、サマラ。“バンシー”って名前、由来知ってる?」

バンシー・・・。バンシー・サマラ。
彼女のリングネーム。

「うん?確かどこかの国の妖精の名前だったかしら・・・?」
「ふふ・・。ゲール語ね。ケルトの言葉よ」
「物知りなのね、ネココは」
「大切な人が死ぬ時に泣き叫ぶ妖精。
 バンシーってね、その胸を吸った人の願いを叶えるんだって」
「あはは・・・。たくさん吸ってたモンねぇ、ネココは。
 それで?あなたは何をお願いしたいの?」
「・・・ないしょ」

そう言うと、ネココは頬をサマラの大きな胸に埋めた。
サマラは優しく、ネココを抱きしめた。

思えば長い間、こうやって・・・
肩の力を抜く事を忘れていたような気がする。

バンシーという名は新人の時につけられた名前だ。
“泣き虫(バンシー)”サマラ。毎日が必死だった。
決して器用とはいえないスタイル。血を吐く程のキャリアを経て、
いつしか“バンシー”の意味は“相手を泣かせる”という恐怖の象徴に変わっていった。
そして、やっとの事で登りつめた全米チャンプ。
手に入れた栄光も、団体の解散と共に崩れさった。

もう泣けない。それは許されない。
再興の日まで。いつかこの手で再び栄光を掴むまで。

でも、この名前が願いを叶える力を持つのなら・・・もうひとつだけ。

この娘と、もう少しだけ一緒にいたい。

眠りに落ちる一瞬、サマラはそう思った。
ネココは既に、安らかな寝息を立てている。


それが最後の夜。



4.




『・・爆発事故から10日。以前現地は厳戒態勢が続いております。
 昨夜、ようやくエレーフ(連邦政府)からの公式発表がありました』


翌朝。5:00。


サマラはラジオの音で目を覚ました。
傍らにいた筈のネココは、ラジオの前に座り微動だにせずニュースを聞いている。


『それによれば連邦女子士官予備学校“ディーナ・シー”における
 人的被害の総数は学校職員52名全員。
 そして生徒256人の内254名の遺体を確認』
 

ネココは微動だにしない。
サマラはネココの背中を見つめる。
その向うに、あの夜ネココが着ていた服が掛けられていた。

紺色のワンピーススカート。
腹部には大きな十字架の刺繍。
胸元には“D.S"の文字。


―D.S?・・・ディーナ・シー(Daoine Sidhe)??


『生存者は生徒1名』


背中を向けたネココから、不意に声が漏れる。

「サトミ・・・」

その瞬間、ネココの気配が変わった。

「あはっ・・・・あははははははははっ!」

不意に笑い出すネココ。
でも、何かが違う。


『行方不明者は、同じく生徒1名・・・』


思わずサマラが言葉を発する。

「・・・ネココ?」


サマラの問いかけに、ピクリと反応するネココ。

ベッドを降りようとした瞬間、サマラの心臓が激しく脈打つ。
これはあの日、初めて出合った瞬間に感じた、正体不明の動悸。

「おはよう、サマラ」

ネココが背を向けたまま返事をする。
その声は、あのどこか呆けた声ではなかった。
あの声・・・初めて会った時の、鋭さ。
ネココは後ろ姿のまま、束ねた髪をゆっくりと解く。
その刹那、髪は赤毛から一瞬でプラチナブロンドへと色を変えた。
黄金色の髪。サマラと同じ・・・。


―!?


娘がゆっくりと振り返る。
たなびくブロンド。
しかし、その色が急激に変化して行く。
金色から橙色に、より濃く、より深く。
そして、黒。
顔がこちらに向き終わる。
闇の色。漆黒の娘。

「ネココ・・・あなたは・・・」

サマラの掌から汗が滲む。高鳴る鼓動。息苦しい動悸。
黒髪の娘の瞳は、鋭い光を放っていた。
あの日と同じ、ナイフの様な眼。

変化したネココが、クスッと笑う。
あの無垢な笑いとは正反対の、深い闇笑い。

「ねぇ“バンシー”・・・願いを叶えて」

ゆっくりと黒髪の娘が手を伸ばす。

「ど・・んな・・願・・い?」

サマラの頬に手が触れる。あの柔らかな手ではない。



例えるなら・・・鋼(はがね)。



「闘(や)らない?わたしと」


その瞬間、サマラは自分を襲う動悸の正体に気付いた。



“恐怖”



姿形は全く変わらない。漆黒の髪以外は。
触れると壊れそうな愛しいネココ。
でも、なにかが根本的に違う。
自分とは全く違う、別の生き物。

静かに目を閉じる。深呼吸を3回。呼吸を整える。
オールライト・・オールライト・・オーライト、オーライ、オーライ・・。
今まで眠っていた細胞を一気にたたき起こす。頭を覚醒させる。
ゆっくりと瞼をあける。動悸が消えた。


「オーケイ、STEEL KITTEN(鋼鉄の子猫ちゃん)。
 ・・・・・闘ろうか」


―今の私は王者(チャンプ)じゃない。
―挑戦者(チャレンジャー)だ。

サマラが自分に暗示を掛ける。
試合の度に行う儀式。


毒蛇が目を覚ます。




5.




明け切らない薄明の中、別室のトレーニングルーム。
下着姿の二人が対峙する。
サマラが腰を落とし、ランカシャースタイルで身構える。
キャッチ・アズ・キャッチ・キャン。
彼女の本来の姿。ピュアなグラップラー。
そこにチャンプとしての驕りは一切見えない。

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―この娘は・・・間違いない。


あの時感じた動悸は“逃げろ”と体が叫んでいたから。
数多くの修羅場をくぐって来たサマラだからこそ感じ取れた
本能のサイン。


ネココは特に身構える素振りを見せず、悠然と立っている。


サマラが仕掛ける。間合いを取る程余裕は無い。
相手の体を捕らえようと、素早く腕を伸ばす。

パチン!という音。その瞬間、サマラの腕が跳ね上がる。

「――ッ!!」

まるで鉄の棒で弾かれたみたいな感触。鋭い痛みが腕に走る。
ならば・・・。

全体重を乗せてサマラが飛びつく。腕ごと体をクラッチ。
力の限り締め上げる。

しかしネココは・・・
無言でサマラを見つめる。何事も無いように。

更に締め上げる。ネココの華奢な体を、持てる力の限り。

「うおおおおおおおおおおおおーーーーッ!!」

ネココの体を持ち上げようと、全体重を腰に溜める。
しかし、微動だにしない。これは・・・まるで岩?
ネココが腕に力を入れる。・・・あろうことか、強靭なサマラのクラッチが
ゆっくり解かれていく・・・。

―通じない!?・・・それなら!

即座に腕を解き、反動をつけてラリアート。
叩き込む直前、いきなり視界からネココが消えた。

―早いッ!?

そう思った矢先、手刀がサマラの脇腹にのめりこむ。

「がはぁッ!」

倒れ込むサマラの体が、次の瞬間中に浮いた。
ネココの膝が、サマラの腹部を蹴り上げる。

―ッ!!!

・・・声にならない痛み。
それに耐え、サマラはその膝を抱え、全体重をかけ床に押し倒す。

ダン!という音と共に床に崩れ落ちる二人。
サマラは即座に起き上がると、ネココの顔面に張り手を叩き込む。

バシッ!バシッ!バシッ!バシッ!!

掌に痺れが走る。・・・なんて弾力!そして硬さ!
それに臆せず何度も何度も叩き込む。

―何故、ガードしない!・・そんなに・・・そんなに・・・
―ワタシは弱いのッ!?

マウントポジション。
サマラが肩で息をする。ネココは・・・驚いた事に全くダメージを受けていない。

―ならば!

左手に渾身の力を込め、一気に喉元に食い込ませる。
そして右手でその左手首を掴む。

コブラクロー。
かつてのパートナー、バイパー・佐久間を屠った技。

ミシッ…ミリミリミリミリッ…

ネココの頚動脈にサマラの指が深く食い込む。

ミシッ…ミリミリミリミリッ…

感触が違う。

“芯”まで達していない・・・これじゃあ・・。

ネココの眼球がゆっくりと動き、サマラを見つめる。


「やっぱり駄目。あなたもわたしを殺せない」


―えっ!?

ネココの腕がゆっくりと動き、サマラの左手首を掴む。
激痛。ミシッ!という鈍い音。

ゆっくりと、左手のクローが外されていく・・・・。

ガクン!とネココの体が跳ね上がる。
その衝撃で後方に飛ばされるサマラ。
一体この華奢な体の何処から、と思える程の激しい衝撃。

吹き飛ばされつつも即座に体勢を整えサマラが身構える。

「!?」

視界から、ネココが消えた・・・。
何処へ・・・。

視界の奥から、静かに細く白い腕が伸びてくる。

―後ろッ!?

白く華奢な腕が首筋に、細い可憐な脚が腰に
背後から巻きついて来る。

「Ah!!」

仰向けに倒れこむサマラ。
か細くも強靭な鋼の手足が、首と腰を締め上げる。
あの日、佐久間が仕掛けたバイパークラッチ。
しかし、その力は比べようが無いほど強い。

「あ・・がはッ!・・あ・・ああああ・・」

背後からネココが耳元で囁く。

「あの日・・もう何もかもがどうでも良くなったあの日。
 街中であなたのポスターを見たの。
 綺麗な髪、暖かそうな胸、不適な笑み。
 でも、何て悲しそうな目。捨てられた猫の様な目」

ギシッ・・ギシッ・・ギシッ・・ギシッ・・ギシッ・・

「気がついたらあのホールの中で、闘うあなたを見ていた。
 サマラ・・・あなたあの時、泣いてたよね」

―泣・・いて・・いた?・・わた・・し・・が・・?

「捨てられたと解かっていても、何かを掴もうと必死に。
 あなたの目がね・・・泣いていたの。そう見えたの。
 とても強いのに、とても儚くて・・・とても泣き虫。
 そう思ったら、いてもたってもいられなくなったの」

ギシッ・・ギシッ・・ギシッ・・ギシッ・・ギシッ・・

「わたしも捨てられたの。神様に」

―ネ・・コ・・・コ・・・、あ・・な・・た・・は・・・。

「お別れね、サマラ。あなたの暖かい胸。忘れないよ。
 でも・・もう戻らなきゃ。地獄に。
 ありがとう、サマラ。ほんの少しの間だったけど・・・」

ーあ・・あぁッ!・・あぁ・・あああ・・・

 「わたしはあなたの“ネココ”だったよ」

サマラの意識が、徐々に遠のく。
耳元で鼻歌のハミングが聞こえた。
あの陰鬱な歌。でも心地よいネココの子守唄。
サマラの意識が消えていく。
白い闇に溶けて行く。


「おやすみなさい。そしてさようなら、
 “バンシー”」



7.



部屋に西日が指していた。
開け放たれた窓から吹き込む風を感じて
サマラは意識をとり戻した。

『・・本日、エレーフ(連邦)最高主席であり、
 連邦女子士官予備学校“ディーナ・シー”の名誉理事を兼務していた
 エレン・ラファティ女史は、引責による辞任を表明し・・・』

つけっぱなしのラジオが、隣の部屋から流れてくる。

ぼんやりとした意識の中で、部屋を見渡す。
誰もいない部屋。ネココのいない部屋。


―敵わないなぁ・・・私もまだまだね。


気だるい意識以外は、不思議と体のダメージは感じなかった。
歯が立たなかった事への敗北感・屈辱は微塵も感じなかった。
むしろ心地良かった。
生身の人間がその体ひとつで、恐竜と闘って
果たして勝てるだろうか?
例えるなら、そんな感じ。

―普通は一目散に逃げるわよねぇ・・・。

それでも立ち向かっていった自分。
大丈夫。多分、私はまだ大丈夫だ。

―ネココ・・・行っちゃったのかぁ・・。

あれは、恐らく彼女なりのお別れ。
お別れの儀式。
私と同じ、戦わなければ生きていけない、悲しい生き物。

―また・・いつになるかわからないけど戻っておいで。
―待ってるよ、愛しいネココ。

それまで私も闘う。戦い続ける。もっと強くなる。
あなたを抱きしめられる位にね。

体に意識が満ちて来た。
起き上がろうと手を動かす。

何かが手に触れた。

髪の毛の束。
ブロンドが混じった、赤毛。
切り取られたポニーテール。
ネココの尻尾。

その意味にサマラが気付くまで、そんなに時間はかからなかった。
サマラの二つの瞼から、熱い涙があふれ出す。

「う・・うぁ・・うぁぁ・・うぁぁぁァァ・・」

唇から声があふれ出す。
嗚咽。

「うああああああああああああああああああああああーーーッ!」

サマラはネココの髪の毛を胸に抱き、激しく泣き出した。
戻って来る?甘い期待は打ち砕かれた。

これは、本当のお別れ。

二度と戻らない。ネココという名をここに置いていく、という
“彼女”の揺ぎ無い決意。

「うわぁ・・うあぁぁ・・ああ・・ああああああああああ
 アぁAhAhAAああaaaアァAAaaAAAh−−−−ッ!!!」

“バンシー”が悲鳴を上げる。それはケルトの伝説。
大切な、とても愛しい人が死んだ時にだけ聞こえる、妖精の悲痛な叫び。


“彼女”は、“ネココ”を消した。
 もう二度と戻ってこない。
 地獄に戻る為に、捨て切った。
 自分の中で、殺したのだ。


窓から初冬の冷たい風が、胸元で握り締めた“赤毛”を揺らす。

悲鳴が枯れ、涙を出し尽くしたサマラの耳に
ラジオから曲が流れ込む。



―――殺し屋は夜明け前に目覚めた
―――ブーツを履き
―――古い美術館から面を取り
―――そしてホールから出て行った。


あれは、あの日流れていた曲。
初めて出会った、あの夜に流れていた曲。
あの曲の続き。


―――これで終わりだ、素晴らしい友よ
―――これで終わりだ、ただ一人の友よ


ネココが口ずさんでいたハミング。


―――笑いと軽い嘘の終わり
―――死のうとした夜は終わった。
―――This is the end


思い出した・・・この曲。
名前は・・・・・・・・




“ The End  ”



----------------------------STEEL KITTEN------the End---------------



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